「醤油呑み星人の音声」


 醤油呑み星人の意外にも優しい言葉におもわずどきりとした。口を開けば憎まれ口しか叩かないと思っていたら、人を気遣うことも出きるんじゃないか。いや、まぁ、それでもあの踏めば床が抜けそうなボロアパートに、はい喜んでと寝泊まりする気にはなれなかった。ありがとう、アンタにしては珍しいその気持ちだけ受け取っておくよと、俺はこちらを見つめる彼女にそっけなく言った。ふぅん、なるほど、なんとか泊まるあてはあるって訳だ。俺から顔を逸らし、また手に持ったPOSを睨み始める醤油呑み星人。まぁいいけどね、レイプ魔に隣の部屋で寝られてると思うと、ぞっとするし。そう言った彼女の眉は少し釣り上がっていた。どうやら、彼女の申出を断ったからか、それとも言葉悪かったのか、俺は機嫌を損ねてしまったらしい。
 拒絶を匂わせる無言がレジを漂う。とても食事の話を切り出せる感じではなかった。醤油呑み星人にその話をするのは、もう少し時間を置いた方がよさそうだ。俺は彼女が俺に対してそうしたように、顔を自分の正面の鍋に向けると、手に持っているパックから大根を掻き出して、煮える鍋の中に入れた。そして、鍋の補充が終えると空になったパックをまとめてゴミ箱に放り込み、店長の居る倉庫へと向かった。話はできたのかと、入るやすぐに期待の目を俺に向ける店長に、すまないがもう少しだけ待ってくれと、顔の前で手を合わせてみせる。もう、しっかり頼むよ、とふてくされている店長に、そこまで言うなら自分で誘えと、取引の事も忘れて俺は思わず言いかけた。
 しばらくしてカウンターに戻ると、醤油呑み星人の機嫌はすっかりと治っていた。しかしながら、相変わらず店長との食事の話を切り出すタイミングは掴めず、時々やってくる客を捌いては、商品の少なくなった棚の整理などを行っているうちに、時間は無情かつ冷酷にも過ぎ去って行った。辺りが暗くなり、仕事場で古株の女性アルバイトがやってきて、次いでB太がおはようございまっすと不必要に元気な声をあげて、カウンターに入ってきた。B太と入れ替わりで仕事を上がる予定の俺は、いつものようにB太と他愛もない世間話をすると、カウンター奥の給湯室に入って制服を着替えた。
 結局、醤油呑み星人を食事に誘うタイミングを逃してしまった、どうやって店長に話したものだろうか。女性アルバイトと入れ替わりで、一足先に店を後にした店長は、もう既に待ち合わせの居酒屋つぶれかけに着いている頃だろう。醤油呑み星人に気付かれぬよう行った協議の結果、後三十分ほどで仕事の終わる彼女を誘い、俺が店長の待つ居酒屋に出向くことになったのだが。いっそ、今から店長との約束を反故にして、やっぱりお前のアパートに泊めてくれと、醤油呑み星人に泣きつく方が楽かもしれない。まぁ、だからといって、哀れな恋の道化を、誰も来ぬ居酒屋に置いてけぼりにするのも、それはそれで、良心の呵責という奴を俺に感じさせてくれる訳なのだが。
 アンタさ、良かったら一緒にご飯でも食べない。アンタのおごりでさ。いいでしょう、どうせ今日は家には帰れないんだから、付き合いなさいよ。いつもの居酒屋で、どう。落胆して給湯室を出た俺に、カウンターの醤油呑み星人が突然にそんなことを言った。やれやれ、都合の良い話もあるもんだ。