「味噌舐め星人の捕捉」


 生憎な事に、学校を卒業してから結構な年月があり、学校で習った技術分野に対して仕事で携わっていたこともない俺には、電気ストーブの直し方など分かるはずもなかった。右へ左へと、勢いよくハロゲンヒーターの首を揺らして分かったのは、どうにも、これを直すのは無理だろう、新しく買い換えるしかないなという事だけだ。そしてその思考は、壊れてしまった我が家唯一の暖房器具の値段を記憶の底から呼び起こし、俺を落胆させた。家電製品にしてみれば安い部類ではあるが、それでも、この出費は痛い。どうせならば、今度買う暖房器具は部屋が十分に温まることはもちろんのこと、いっそ彼女らの乱暴な使用に耐えれるような物の方がいいかもしれない。ホットカーペットなんかが妥当だろうか。しかし、今より電気代はかかるだろう。いっそ思い切ってエアコンを入れるか。いや、このわからんちんニートが昼間ずっと居る部屋にそんな物を入れたら、カーペットより電気代が酷いことになる。やはりアパート住まいは、灯油ストーブを使えないのが難点だ。
 悲しいかな現状維持をするしかないようだ。しかたない、仕事の帰りに電機屋にでも寄って、新しいストーブを買ってくるよ。それまで、今日はこのままで我慢しろ。直せないのですか、情けないですねお兄ちゃんさん。なんですか、すぐ直せないんですか、がっかりですよお兄さん。自分たちが壊したというのに随分勝手な事を言う味噌舐め星人とミリンちゃん。ただし、今度買ってくるのは、首の振らない小さい奴な、と俺は心の中でつぶやいた。
 とりあえず、壊れたストーブを置いておいても意味はない。俺はよいせと掛け声と共にストーブを持ち上げると、ちょっと扉を開けてくれと味噌舐め星人に頼んだ。そうして、ストーブを肩に持たれかかせたまま部屋の外に出ると、アパートで出た粗大ゴミなどが放り込まれている、駐車場脇の倉庫へと向かった。そして倉庫に着くやその前に一旦ハロゲンヒーターを下ろし、きびすを返して一階にある大家さんの部屋に向かう。倉庫の鍵は大家さんが持っていて、使用に際しては一声かけて鍵を貸してもらう決まりだ。
 すみません、管理人さん居ますかと言うと、開いているから勝手に入っておくれという嗄れた声がした。遠慮なくドアを開けると、コタツに入ってみかんを食べている大家さんが居た。年老いて尚明晰な頭脳を持つ老婆は、なんの用だい、確か今月の家賃はもう払ってもらってたと思うけれどと、落ち着いた様子で俺に言った。はたして俺が彼女と同じ年齢まで生きたとして、こんなに落ち着いた性格と知性を維持していられるだろうか、ちょっと自信がない。おべっかなど必要のない彼女に、ありのまま、部屋で使っていたストーブが壊れたことを俺は告げた。それは災難だったねと、大家さんが立ち上がる。俺の言わんとする次の言葉を察したのか、壁に掛っている倉庫の鍵を取ると、彼女はそれを俺に投げてよこした。話が早くて助かる。
 ありがとうございますと、俺が一礼して部屋を出ようとすると、まぁ、うちは管理が雑だから誰が何人転がり込んでもかまやしないけれど、そのうち一度は挨拶に寄越してくれよ、どんな娘か気になるから。お見通しとばかりの大家さんの声に、俺はただただ乾いた笑いを返すことしかできなかった。