「味噌舐め星人の選挙」


 倉庫に戻り鍵を開ける。相変わらず、ちゃんと管理されていないアパートの倉庫は、ちゃんと管理されていなかった。見事に原型を止めていない粗大ゴミが溢れかえっているそこに、まだ辛うじてなにか分かるストーブを放り込む。長居は無用とばかりに扉を閉め鍵をかけると、俺はすぐに元来た道を戻った。ついさっきの事なのでノックもせずに大家さんの部屋に入ると、ありがとうございますと言って、みかんを食べる彼女の前にひょいと倉庫の鍵を放り投げた。確かに返してもらったよ、それじゃぁお前さんのいい人によろしくね。みかんを剥く手を止めずに、背中の曲がった老婆は俺に言った。
 大家の言葉にやきもきしながら、冷たい音を鳴らして階段を登る俺。いい人だなんて、まぁ、確かに味噌舐め星人の事は少なからず好いてはいるし、そうでもなければ一緒に住んだりなぞしないのだが。やはり面と向かって言われると、どうにもむず痒い。はてさてそれにしても、味噌舐め星人の事を紹介する時は、どうやって言ったものだろうか。なんて、もう何回もそんな事はしているような気がするが。などと思っているうちに、階段を登りきってしまった俺は、部屋のドアノブに手をかけるとぐいと手前に引いた。
 ビンと何かが伸びきったような音がして、引ききらぬうちに扉が止まる。なんだ、と、何が何だか分からない俺が、僅かに開いた隙間から部屋の中を覗き込むと、ちょうど目の高さのあたりに銀色をしたチェーンが張っているのが目に入った。あぁ、やられたと、俺が状況を理解した時には、既に扉の向こうにミリンちゃんが、テレビなどでは決して見せない邪悪な笑みを浮かべて立っていた。あらあら、お兄ちゃんさん、なんの用ですか。お姉ちゃんさんと、私のお家になんの用ですか。思わず苦笑いが俺の口を吐いた。
 なんの用とはないだろう。お前たちの家って事もないだろう。いいか、ここは誰が何といおうと俺の家だ、俺が金を出して借りてる家だ。お前が借りてる訳でもないし、お前の大好きなお姉ちゃんさんが借りてる訳でもない。お前の大嫌いなお兄ちゃんさんが借りてる家なんだよ。わかったらとっととチェーンを上げろ、部屋に入れないだろうが。俺はこれから着替えてバイトに行かなくちゃならないんだよ。ここ二日近く着替えてないもんで、いいかげん気持ち悪いんだよ。ふざけてないでとっとと開けろよ、聞いてるのか。
 にやにやとミリンちゃんの気味の悪い笑い顔が、扉の向こうに消え、僅かに開いていた隙間も消えた。しばらくすると金属音がして、俺はドアノブに再び手をかけた。もちろん俺がなんとはなしに予想していた通り、ドアノブを回して手前に引いてみても、その扉はぴくりとも動きはしなかった。ミリンちゃんはチェーンを上げるどころか、逆に扉に鍵をしめて、俺を完全に締め出してくれた。だろうね、俺の知っている底意地の悪い妹ならば、俺の言うことを素直に聞いたりはしないだろう。まったく、考えが甘いな俺は。
 残念賞なのです、また来週なのです。お兄ちゃんさん、お馬鹿なお兄ちゃんさん。うっかりと部屋を出たのが貴方の敗因ですよ。この部屋は占拠させてもらいます。お兄ちゃんさんの入室はお断りさせてもらいます。お兄ちゃんさん、残念ですけど、その汚い服でしばらく我慢してくださいね。