「魔法少女風味ミリンちゃんは、実の兄に向かって酷い言い草だ」


 急行と普通電車を乗り継いで、なんとか俺がアパートにたどり着いた頃には、辺りはもうお昼と言っても良いような明るさになっていた。携帯電話で時刻を確認すると十一時。バイトの時間までは、昼寝をする余裕もない。せめて昼飯くらいは一緒に食えるだろうかと、駅から帰る途中にある全国的に有名なファーストフード店で買ったハンバーガーが入った袋を揺すると、俺は部屋の鍵を開け、扉をゆっくりと手前に引いた。部屋の中は昼だというのに随分と薄暗く、どうやらまだ味噌舐め星人が起きていないらしい。靴を脱ぎ部屋に上がり、古めかしいキッチンの上に茶色い袋を置く。そして、俺は敷かれたままになっている自分の敷き布団に寝転がった。横に転がっているくしゃくしゃになった掛け布団を引き寄せると、抱き枕の様にしてぎゅっと抱きしめる。なぜだろうか、布団にしては妙に抱き心地が良い気がする。
 うぅん、痛いのです、お姉ちゃんさん。また寝ぼけて抱きつかないでください。随分昔に聞き慣れた、けれども最近はめっきり聞かなくなった、しかしながらここ一ヶ月はやたらとよく聞く女の子の声がした。まさかそんな、なんでこの娘がここに居るのだ。もそもそと俺の布団の中から這い出してきて、猫が顔を洗うようにして目を擦ったのは、紛れもなく俺の二番目の妹、魔法少女風味ミリンちゃんだった。唖然として声のでない俺に、ミリンちゃんのきょとんとした視線が注がれる。それはなんだかずいぶんと久しぶりに見る、彼女の本来の歳相応なあどけない表情だったが、俺が懐かしんだのもつかの間、彼女の眉は釣り上がり、はいつもの不機嫌そうな顔に戻った。
 お兄ちゃんさん、なんですかこれは、なんで勝手にミリンに抱きついてるんですか。やっぱりお兄ちゃんさんは、色情魔なんですか、色情魔なんですね。女の子ならなんでも良いのです。血の繋がってる妹でも構わない、年端のいかない女の子でも構わない。獣、獣なのです。変態、お兄ちゃんさんの変態、嫌なのです、近寄らないでくださいなのです。お姉ちゃんさん、早く起きてください。でないと、変態のお兄ちゃんさんに襲われるのです。
 おいおい、人聞きの悪いことを言うな、これは誤解だ別に俺はそんなことを思っちゃいない。と、俺が弁明する暇も与えず、ミリンちゃんはそのかわいらしい小さな拳を俺の顔面に力いっぱいに叩き込んでくれた。痛みに思わず布団を抱きしめている腕が緩んだ。するりと俺の布団の中から抜けると、彼女は、隣で間の抜けた面をし涎を垂らして寝ている味噌舐め星人に、ひょいと抱きついた。お姉ちゃんさん、お姉ちゃんさん、早く起きてください。獣の怖い怖いお兄さんが、襲ってくるです。早く部屋から追い出すのです。
 待てよ、ここは俺の借りてるアパートだ、そんなに怖いならお前が出ていくのが筋だろうが。痛む鼻頭をさすりながら俺は立ち上がると、ミリンちゃんの腋に手を通して、ヒョイと抱き上げた。やめてください、はなしてくださいなのです。激しく腕を振り、足を振って、俺からなんとか逃れようとするミリンちゃん。どうした物だろうかと、ため息を吐いた俺の目に、部屋の隅に、やけに中身の詰まっていそうな、それでいて見覚えのないナップザックが転がっているのが目に入った。チャックに結ばれた人形が子供っぽい。