「佐藤女史の朝餉」


 はたして、俺と砂糖女史との間に何があったのか。彼女に俺が何をしたのかは、そろそろ三日目にさしかかろうとしている酒の影響か、今ひとつ俺には判別がつけられなかった。俺は気持ちよく眠る彼女を起こさないように体の上からどかせると、極力音を立てぬように気をつけて、布団から抜け出した。うんと、彼女の後ろ髪を引く、色っぽい寝息が聞こえ、俺の胸が一度大きく高鳴った。どうやら、目を覚ました様ではなく、こんな姿を見られずによかったとほっと胸を撫で下ろすと、俺は部屋を出て御手洗に向かった。
 和式便所に入り、ズボンを下ろし、真新しいトランクスを脱ぐ。手にこれでもかとトイレットペーパーを巻きつけると、トランクスに染み付いた精液を、撫でるようにして拭った。よほど溜まっていたのだろうか、トランクスはなかなか乾いてくれず、俺は手に巻いたトイレットペーパーを二度交換した。それでなんとか精液は綺麗に拭い去ることができたが、匂いばかりはどうすることもできそうにない。仕方なく、俺はまだ少し湿っている、栗の花の匂い漂うトランクスに足を通すと、ズボンを履ききつくベルトを閉めた。
 それからは特にこれといって何も起こらなかった。部屋に戻ると中で、砂糖女史の仲間と鉢合わせするかと思ったが、そんなことはなく。嫌でも鼻につく青臭い匂いを嗅ぎつけ、砂糖女史が目を覚ますかと思えばそんなこともなく。俺は砂糖女史を隣のたたみにどけると、普通に布団に入り、普通に眠り、普通に目覚めた。時刻は午前七時、可もなく不可もない時刻だった。昨日の夜、俺に覆いかぶさるようにして眠っていた砂糖女史は、一度起きたのか、それとも親切な誰かが布団をかけてくれたのか、俺の隣に敷かれた布団の中で、すよすよと小さな寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。なぜだかどうにもこの女、どこかのニートさんと同じで、朝は弱い気がする。
 砂糖女史を揺さぶり起こし、衣服を整えさせると、俺と彼女は一回の宴会場に向かった。宴会場では、既に何人かの砂糖女史の仲間が、朝食を食べており、砂糖女史が入ってきたのを知って、おぉいと手を振ってきた。半ば強引に彼女たちと同席させられた俺と砂糖女史は、一昨日と昨晩はどうだったのだとか、貴方達ってやっぱり付き合ってるのだとか、君ってどれくらい女の子の経験があるの、あんまりこなれている風には見えないけれどなんて、失礼な質問を幾つか浴びせられた。砂糖女史は馬鹿丁寧に、彼女達の質問に答えていたが、俺は彼女達に当たり障りのない返事をし、たまに言いづらい質問は無視して、軽くあしらった。午後からのバイトのことを考えて、黙々と朝食を食べる。近くが漁場のためか魚は旨く、思いのほか飯が進んだ。よろしかったら、私の分もどうですかと、砂糖女史が俺に魚を半切れ差し出した。他人のおかずに手を出すほど腹を減らしてはいなかったのだが、差し出した砂糖女史の顔が、あからさまに食ってくださいという感じだったので、俺は黙ってそれを受け取った。結局、その朝、俺はご飯を四杯も食べた。
 早く帰った方が味噌舐め星人の機嫌も良いだろう。食事が終わると、俺はその足でチェックアウトをし、旅館を後にした。何も告げずに出たため見送りはない。理由はないが、なんとなくそうした方が良いと、俺は感じた。