「砂糖女史の千鳥」


 味噌舐め星人との会話が終わると、俺は携帯電話をもとあったように枕元に置くと、もう何もするつもりにもなれず目を瞑った。瞼の裏を覆っていた眠気は、耳から入り、脳を経由して送られてきた、味噌舐め星人の陽気な声によって乱雑に掻き回されてはいたが、依然瞼の裏に漂っている。俺が瞼を閉じれば、まるで待っていたかのように、それは眼球へと降り注ぎ、黒く塗りつぶされた視界を奪いさると、俺の体を、心地よく静かな眠へと誘う。
 珍しく夢は見なかった。夢を見る代わりに、温かい布団の中で漂うようにして、現実と虚ろの境界を行き来しているのが、なんとなしに知覚された。少しの物音で現実に引き戻されそうな、さりとて現実に復帰しても一秒とたたないうちに暗黒の思考の中に引きずり込まれそうな、そんな初冬に張った氷のように薄い眠り。そん中で、俺はふと部屋の扉が小さく開いたことに気づいた。ゆっくりと、病的な遅さで横へスライドしていく襖。明暗を繰り返すおぼろげな意識の中、俺は隙間から砂糖女史が顔を出したのを確認した。
 砂糖女史の足取りはおぼつかなかった、そしてその顔色もどことなく青みがかっていた。おそらく、外で行っていたパーティーでしこたま飲まされたのだろう。いい気味である。彼女は、千鳥足でこちらへと歩いてくると、俺の横に埃を巻き上げて倒れた。よほど酒によって意識が混乱しているのか、うんともすんとも言わない彼女。うつらうつら、切れかけの電灯のように不規則に途切れる意識の中、ふと気がつくと、いつの間にか彼女が仰向きに体を回転させ、瞳と口を大きく開け深呼吸を繰り替えしているのに俺は気づいた。おそらく、呼吸により体内のアルコール分を外に出そすつもりだろう。
 おい、そんなことするなら履いてきた方が楽だぞ、と、俺は寝ぼけ半分に砂糖女史に声をかけた。はたして、半分眠っている状態では、ちゃんと発音できていたかどうかも怪しかったが、彼女の呼吸音は止み、天井を仰ぎ見ている顔の瞳だけがこちらを向いた。小さく掠れるような声で、そうなんですかとつぶやく砂糖女史は、都会へと向かう電車の中で、初めて彼女と出会ったときのように、男心をずたずたに引き裂くような強烈な何かがあった。
 じゃぁ、どうやって、酔いを、覚ませば、良いんで、しょうか。詰まり詰まり言葉と息を吐く砂糖女史。紅潮した頬に薄っすらと滲んだ汗が、カーテン越しに降り注いでくる月明かりに、冷たい色を反射する。酒で焦点を失った瞳が、哀れを誘う頼りない視線を俺に向けて放つ。激しくなる息遣い。彼女を見ているだけで、どうにかなってしまいそうだった。事実、覚醒と自我喪失の狭間に揺れ動く俺の体の中で、本質的な獣の部分だけが、蠱惑的な彼女の挙動にはちきれんばかりに怒張していくのが手に取るように分かった。
 運動しますか、二人で。砂糖女史がふと、そんなことを俺に言った。二人で、とは、どういう意味だろうか。その二人というのは、俺と彼女のことだろうか。運動とは、いったいどんな事だろうか。彼女の指先が、いつの間にか俺の頬を触れていた。柔らかなニットでできている彼女の上着。その肉感的な腰つきを服の表面に浮き出させて、彼女は俺にのし掛かっていた。
 ねぇ、二人で、少し、運動、しませんか。ねぇ、しません、か。