「味噌舐め星人の直訴」


 十秒も立たないうちにまた電話が鳴った。液晶画面を見れば、かけてきた相手はやはり魔法少女風味ミリンちゃん。着信ボタンを押すと出てきたのはやはり声を荒げて怒る味噌舐め星人だった。どうして電話を切るんですか、どうして勝手に切るんですか。お兄さん、酷いですよ、やっぱり酷いです。
 なんだよ、まだ話したかったのか、てっきり、怒ってるからもう俺とは話したくないのかと思ったよ、と俺は心にもないことを言った。違いますよ、違います、怒ってますけど、怒ってません。うぅっ、やっぱりお兄さんは意地悪です、そんな事言って私を困らせて楽しいですか、楽しいんですか。楽しくはないけれど、お前にいつまでもそうやってツンケンと怒られるのは、こっちとしては楽しくないんだ。まぁ、そういうことだ。お喋りしたいなら付き合ってやるから、もういい加減怒鳴るのは止めてくれ。もうそろそろ、気も晴れただろう。味噌舐め星人は、うぅっとまた小さく唸った。また先ほどと同じ、気まずい沈黙が俺と彼女の間に流れる。その間には、電車にして数十駅分の隔たりがあったはずだが、俺には彼女がすぐ近くに、それこそ布団上から俺に覆いかぶさり、恨めしそうな眼をして頬を膨らましている様に感じられた。じゃぁ、明日には帰るから。つっても、多分すぐにバイトに出るから、そんなに話せないだろうけど。携帯電話を耳元から話す、通話終了のボタンを押下しようとしたとき、待ってくださいと、味噌舐め星人が受話器の向こう側から力強く叫んだ。もっと、話したいです。もっとお兄さんとお話したいです。今日はとってもとっても、おもしろいことが色々あったから、お兄さんにお話ししたいんです。駄目ですか、お兄さん忙しいですか。
 忙しくなんかなかった。単に、味噌舐め星人にその台詞を言わせたいだけだった。くだらない加虐心、急ごしらえの上下関係。そんな物を満たす為だけに、彼女に意地悪な事を言ったのは、少し悪かったような気もする。けれども、やはり、怒りながら喋られるよりは、笑って喋ってもらった方が、こちらもそちらも気分がいいってものだ。なにより、何かとお喋りな味噌舐め星人だって、いつまでも俺に対する愚痴ばかり言いたい訳ではないはずだ。
 あのですね、あのですね。今日はですね、ミリンちゃんとですね、美味しいパスタという料理を食べに行ったんですよ。肉味噌とブルーチーズのスパゲッティっていう料理を食べたんですよ。甘々のとろとろのとっても美味しくって、また食べにいきましょうねって、ミリンちゃんと約束しました。意地悪なお兄さんには内緒で、また二人で食べにいきましょうねって約束したんですよ。どうですか、羨ましいでしょう、お兄さん、羨ましいでしょう。はいはい、羨ましいよ、と、自慢げな味噌舐め星人に俺は笑って答えた。けれども、お前、俺に秘密なのに今言っちゃったぞ。良いのか。ミリンちゃんとお前だけの秘密なんじゃなかったのか。俺がそんなどうでもいいことを指摘すると、あっと味噌舐め星人は小さく叫んで、じゃぁじゃぁ、今のは内緒です。内緒の話をしたのは内緒ですと、こそこそと小さな声で言った。
 その後も、味噌舐め星人のとりとめのない話は延々、二時間ほど続いた。
 おそらく、今月のミリンちゃんの通話料は大変な事になっているだろう。