「味噌舐め星人の連絡」


 佐東匡の公式サイトを一通り見終えた俺は、携帯電話を枕元に置くと、布団を肩まで被り、ぶら下がっている電灯の紐を引っ張り部屋の電気を消す。昨日の夜からずっと眠りっぱなしだったが、まだ体内に酒が残っているのだろうか、それとも習慣的もしくは周期的な物なのだろうか、瞼の裏にびっしりと広がった睡魔に、目を瞑ればすぐにでも眠りに落ちそうだった。
 そんなタイミングで普段は滅多に鳴りはしない俺の携帯電話が鳴った。デフォルトの着信音に眠気をかき乱された俺は、枕元に手を伸ばすと携帯電話を握り、着信ボタンを押す。もしもしという短い言葉も言いきらぬうちに、もうもう、どこをほっつき歩いてるんですか、帰ってこないから心配してたんですよ、帰ってこなかったから怒っているんですよ、と、味噌舐め星人の愛嬌のある怒声が聞こえてきた。俺は暗い部屋の中、バックライトがまぶしい液晶の上に、白文字で浮き上がった電話番号を確認する。すると、それは昼前に俺がかけた電話番号と同じ、ミリンちゃんの携帯の番号だった。
 お兄さん、酷いですよ、酷いです。嘘をつくなんて酷いです。私、楽しみにしてたんですよ。今日のおでかけ楽しみにしてたんですよ。それなのに、約束破って、ごめんなさいも言わないなんて酷いです。もう知りません、お兄さんなんて知りません。今度家に来ても、鍵を閉めて入れてあげませんからね。知らない人はお家にあげちゃいけないんです。勝手にしてください。
 なんと言われても仕方ない。無理やりに飲まされたとはいえ、悪いのは不用心に砂糖女史のお仲間さんたちの誘いを受けた俺である。そして、悪いなと思いつつも、こうして電話がかかってくるまで彼女を放置した俺である。ごめんよ、俺が悪かった。ミリンちゃんをそっちに行かせただけで、すっかりお前に連絡するのを忘れてたよ、ごめんよ、寂しかったかい。寂しいに決まってるじゃないですか、と、味噌舐め星人の声が俺の耳をつんざいた。
 その後も、やれ、またどうせ女の人の所に遊びに行っているのだろうだとか、貴方はいつも勝手で困る、もう少し周りの事を考えろだとか、自分のことを棚にあげて随分と厳しいことを言ってくれた。味噌舐め星人のそんな要求を適当にいなしつつ、俺は再び視線を天井に向ける。どうやら、しばらく彼女の相手に忙しく眠れそうにはない。電話の向こうからは、今日は俺たちのアパートに泊まっていくのか、バラエティ番組のナレーションに混ざり、魔法少女風味ミリンちゃんの下品で子供っぽい感じの声が聞こえてきた。
 けどけど、ミリンちゃんと久しぶりに会ってお話しできたのは、とてもとても楽しかったです。そうそう、ミリンちゃんに買ってもらったコートを着て見せてあげたら、とても似合ってるって言ってくれました。やはり、お兄さんとは違って、ミリンちゃんは人の気持ちがよく分かっていますね。
 あぁそうかい、と、俺はまた気のない返事を味噌舐め星人に返した。ここまで素っ気ないとやはり不安になるのだろうか、彼女もまた押し黙った。沈黙が沈黙を呼び、喋るタイミングを見誤りまた沈黙が訪れる。どうしようもない沈黙の悪循環。埒があかないなと、俺は、明日には帰るから、それまで元気にしていろよとさらりと言うと、味噌舐め成人からの電話を切った。