「砂糖女史の歌唱」

 それじゃぁよろしく頼むぞと、ミリンちゃんとの会話を終えて電話を切ると、水を手にした砂糖女史が部屋の入り口に立っていた。どうやら、俺が会話しているのに気づいて、物音を立てまいと入るのを戸惑っていたらしい。もういいよ、終わったからと俺が手招きしてやると、彼女はからくり人形のようにちょこちょこと、少しずつ俺へと歩み寄って静かに座った。
 誰と話していたんですか。携帯電話をズボンにしまい、砂糖女史が汲んできてくれた水を少しずつ飲んでいた俺に、佐藤女史が独り言を呟くように尋ねた。誰って、俺の妹だよ。ほら、前にアンタも会っただろう、メイド服を着て、ちょっと気難しそうな顔した。そういうと、あぁ、あの可愛らしいモデルさんみたいな娘ですかと、砂糖女史は微笑んだ。身内である、自分の事ではないにしても可愛らしいと言われれば、多少は照れくさい。
 兄妹で連絡取り合ってるんですか。仲、よろしいんですね。砂糖女史はなんだか微笑ましい物でも見るような目を俺に向けた。実際のミリンちゃんと俺の関係は、そんな視線も一瞬で憐れみの視線に代わってしまうほどギスギスしていた。なので、そんな視線を向けられても正直困るのだが、言ってどうにかなるものでもないし、家族でいがみ合っているというのは、流石に人に言うものでもない。なので俺はあえてそれを否定することはしなかった。
 というか、前に会った時に俺たちの抜き差しならぬやりとりを見ているのだ。俺とミリンちゃんが仲悪い事くらい察してもいいだろうに。やはり天然砂糖黍百パーセントの砂糖女史。砂糖のくせに頭に糖分が足りていない。
 良いですね兄弟が居て。私は一人っ子なので、貴方のように仲のいい兄弟が居る方が羨ましいです。そうかい、居たら居たで面倒なことも多いぞと、今度は正直に俺の感想を答えた。その面倒も含めて良いんじゃないかと、兄妹という関係に過度な幻想を抱く者は居るが、甘い、考えが甘すぎる。兄妹だって生き物だ、所詮は血が繋がっているだけの他人でしかないのに。
 年上か年下が、兄弟ができるなら、アンタはどっちが良い。俺はふとそんなどうでも良い事を砂糖女史に聞いた。これ以上、俺とミリンちゃんの関係について、とやかく聞かれるのはうんざりだったのだ。砂糖女史はそうですねとしばらく考え込んで、ふと俺へと視線を向けると、弟でしょうかと自信なさげに答えた。なんだ、なんでそこで俺を見てそれを答えるんだ。俺を兄貴にしたくないって、これでもこっちは立派に、二人の困った妹のお兄さんやってるんですがね。やれやれ、砂糖女史には、人を見る目がないようだ。
 それでも一応どうして弟がいいかと聞いてみると、またしても少し悩んだあと、砂糖女史は淡々とした口調で、貴方のような人がお兄さんだといじめられてしまいそうですからと、さらりと酷いことを言ってくれた。
 俺は空になったコップを畳の上に置くと、枕に頭を預けた。もうお水はよろしいですかと、砂糖女史にしては珍しい気遣いの言葉に、あぁもういいよと答え、俺は瞼を閉じる。眠るにはいささか眠りすぎた気がするが、他にすることもない。しばらくして、俺の隣で砂糖女史がなにやら歌い始めた。それが有名な子守歌だと気づいたのは、ちょうど眠たくなった頃の事だった。