応募原稿『タイトル未定』19ページ

『絡み付く包帯、すなわち僕抽出、僕ソーベル処理』

図書館に行って分かったこと、それは、透明人間という存在を扱った小説というのは、僕が思っていたのより遥に少ないという事だった。カウンター横のスペースに設置された蔵書検索端末に、とうめいにんげんとひらがなで入力して出てきた蔵書の数に、僕は絶望した。当たり前か、たとえ透明人間をテーマにしたとしても、馬鹿正直にタイトルにそのまま透明人間なんて入れるわけがない。一世紀前なら知らないが、そんなことをしたところで、自らB級な匂いを醸し出して、多くの読者の冷笑を買うだけだ。それに、素人の僕だってもっとマシなタイトルの一つや二つ思いつけるだろう、きっと。
 数少ない透明人間がタイトルに入った本も、その多くも児童向けの本だった。せっかくここまで着たのだからという櫛田さんの言葉に従って、短い渡り廊下を通り、僕達は隣の館にある児童書のコーナーに足を運んだ。子供達に混じりながら、そこで端末で検索したタイトルの本を二冊探し出すと、僕は本棚の横に備えられている革張りの椅子に腰かけて、櫛田さんは本棚にもたれ掛かって、それぞれの本を読み始める。ふいに注がれる、子供やその親達の妙な物でも見るような視線が、気弱な僕には少し痛々しく感じられた。だから入ってから三十分もしないうちに、閉館時間を知らせる音楽が流れたのは、なんら事態は好転しなかったが、僕にとっては幸福な出来事だった。
「結局、なんにも分からなかったわね。透明人間についても、透明人間の治し方についても。最初から、過度な期待はしてなかったけれど、残念だわ。あぁ、あぁ、もうちょっと早く来てたら、あの本、全部読めたのになぁ」
「ごめんね、僕が待ち合わせに送れたばっかりに。けど、すごいね、あんな短時間で本一冊も読めちゃうなんて。櫛田さんって読書家なんだね」
 いや、読書家ってほどでもないわよ、そりゃぁ人よりは多少読んでるとは思うけれどと、僕の横を歩いている櫛田さんは、照れ隠しに頭をポリポリと掻いた。確かに僕の記憶の中でも、彼女は多くの場合で、休み時間でも他の女子グループに混じらず、ハードカバーの小説を読んで過ごしている。よほど本を読むのが好きなのだろう。先ほど僕が読んだ佐藤友哉先生の小説だって、流行を追って読んでる人間にはちょっと出てきそうにないチョイスだ。
 茜色に染まった街路を、僕達は図書館から学校へと逆行していた。まだ向かってくる人の顔が分かるほどに辺りは明るかったが、ここまで付き合ってもらった彼女と、はい、用が済んだのでさようならと、すぐに分かれられるほど、僕は厚顔でもないし無恥でもなかった。帰り道で何かあるといけないから、せっかくだし家まで送るよと、僕が精一杯の勇気とありったけの誠実さを込めて申し出ると、彼女はまた僕の反応を楽しむようにクスクスと笑った。やっぱり東くんって真面目ね、頑固なくらい、と彼女は僕をからかい、そしてひとしきり笑い終えると、そうね、じゃぁ、せっかくだから送ってもらおうかしらと僕の申出に応えてくれた。その為に僕は今、自分の帰るべき家に背を向けて、学校から十五分ほど歩いた所にあるという、彼女と彼女の家族が住んでいるアパートを目指して、歩いている最中だった。
「ねぇ、東くん。貴方本当の本当に、変な薬を飲んだとかじゃないのよね」