「魔法少女風味ミリンちゃんはやっぱり暇な芸能人だ」

 なんですかお兄ちゃんさん、迷惑ですから電話なんてかけてこないでくださいお兄ちゃんさん。急用でもかけてこないでくださいお兄ちゃんさん、親が死んだらこちらからかけるので大人しく待っていてくださいお兄ちゃんさん。電話に出るや不機嫌さを隠しもせずに、刺のある口調でまくしたてる。魔法少女風味ミリンちゃんは、今日も今日とて新人オーディションで俺が審査員だったならば、不合格直行便なくらいに無愛想だった。本当に忙しいなら、わざわざ電話に出たりしないで放置するだろうに、この娘ときたら。
 忙しいところ悪いなミリンちゃん。ちょっとお前に頼みたいことがあって電話したんだ、今、大丈夫か。お世辞代わりに仕事の心配をしてやると、ミリンちゃんの機嫌は少しよくなった。けれども、この根性が針金のようにぐねぐねと湾曲した娘は、そうそう素直な返事はよこさない。頼みごとならお姉ちゃんさんにでも頼めば良いじゃないですか。今、テレビのお仕事中なのです。本当だったら、お兄ちゃんさんと話している時間だってないくらいに忙しいのです。そういう割には、後ろから犬の鳴き声が聞こえてくる。動物番組のレギュラーはミリンちゃんにはないはずだし、動物を飼っているテレビスタジオなんて関係者ではないが聞いたことはない。あるいはロケ中かもしれないが、それならそれでスタッフの声も道行く人の声も聞こえてこないのはおかしいだろう。そしてなによりも、その犬の妙に甲高い鳴き声に、俺は聞き覚えがあった。ゴロ太だ間違いない。ミリンちゃんは今、家に居る。
 そのお姉ちゃんさんに連絡をとって欲しいからお前に電話したんだよ。俺はミリンちゃんにことのあらましを説明した。砂糖女史と一緒に居ることを知られれば、ミリンちゃんにも味噌舐め星人にもいらぬ誤解を招くだろうことは想像に難くない。なので、砂糖女史の名前は出さず、また、女ばかりの旅館に居ることもぼかして、俺は、酒を飲みすぎて今とても動ける状態ではないこと、今夜もこの旅館で世話になること、俺の家には承知のとおり電話がないこと、味噌舐め星人は携帯電話を持っていないことをミリンちゃんに説明した。で、だから、なにをしろと。提示された情報から人の真意を読めず、要領の得ない発言をする辺りは、まだまだミリンちゃんも子供である。そんなお子ちゃまなミリンちゃんに、俺は要件をわかりやすく要約して説明した。つまりだ、ミリンちゃん、俺の家に行ってお姉ちゃんさんに、今日はどうも帰れそうにないって言ってやってくれないか。きっとあいつのことだから、心配してると思うんだ。頼むよミリンちゃんお前だけが頼りなんだ。
 ミリンちゃんは少し考える感じで押し黙った。彼女のことだから交渉する余地もなく、すぐさまそれは無理ですと言ってくるのではと勘ぐり、次の言葉を考えていた俺にとって、ミリンちゃんのその反応は少し予想外だった。
 いいですよ、お兄ちゃんさん。お姉ちゃんさんに言いに行ってあげます。だから俺の住んでいる家の住所を教えてくれと、ミリンちゃんはなんでもない感じで俺に言った。本当に、もっとなにかと、嫌々そうな感じのことを言うなり騒ぐなりするかと思ったが、それは俺の杞憂だったらしい。どうやらミリンちゃんもミリンちゃんなりに、大人になったということだろう。