「店長、宅配サービスを実施する」


 全て。全部って事。このお弁当を全部お買い上げ。ちょっとちょっと、別にお店としてそれは構わないけれど、なに、どうするのよ。そんなにお弁当を買ってどうするのよ、軽く見積もっても二十人分くらいあるわよ。二十人分の弁当を一人で食べるつもりなの。やだ、どんだけいやしんぼうなのよ。
 醤油呑み星人がまくし立てるようにそう言うと、砂糖女史は顔を真っ赤にして俯いた。久しぶりに彼女を見たがどうやら相変わらずの様子らしい。というか、こっちの方に来ていたのか。いったい何の用事だろう。まだバイト探しでもしているのだだろうか。都会と違ってこっちの方にはメイド喫茶はなかったように思うのだが、もしかして新規に店舗ができたのだろうか。いやそれにしたって、こんな辺鄙な市にメイド喫茶を作っても儲からないぞ。
 ねぇ、黙ってないでなんか言いなさいよ。別に売ってあげないわけじゃないけれど、理由くらい聞かせてくれたって良いでしょう。もじもじと身をよじる砂糖女史。彼女の奥ゆかしさには頭が下がる。この調子だと醤油呑み星人が怒り出しそうだったので、俺はとっとと砂糖女史に助け舟を出した。
 こいつあんまり人前で話したりするの苦手らしいんだよ。だからまぁ、あんまり強く言ってやらないでくれ、ほれ、怯えているだろう。俯いていた砂糖女史がはっと顔を上げる。すぐに彼女と俺の視線は重なる。なに、アンタの知り合いなのこの人。はぁ、味噌舐め星人だけじゃなく、こんなのにまで手を出してるとは、アンタもすみに置けないわね。別に手なんか出してしないよと、俺は醤油呑み星人を横に退けると、砂糖女史の前に立った。
 よっ、久しぶり、どうしたこんな所で。気さくに話しかけたつもりだったが、やはり突然俺が出てきたのが意外だったのか、砂糖女史は驚いた表情を隠しもせず俺に唖然とした表情を見せた。しかしながら、その顔の中には、店長や醤油呑み星人と話していた時にはなかった、安堵感のような表情も少なからず見て取れた。どうにも、彼女は激しく人見知りをする性質らしい。
 あの、ですね、実はこの近くにアルバイト先の人たちと、社員旅行に来ていて、新入りの私が、皆さんのお弁当を買いに行く事になって。おどおどとした調子で砂糖女史は上目遣いに、そんな事情を言ってきた。あぁ、なるほどなるほど、それでここにある弁当を全部という訳か。なるほど、なんとなしに合点はいった。醤油呑み星人に顔を向けると、彼女もまたなるほどねという表情をしていた。まったく、社員旅行に行くならあらかじめ弁当でもなんでも用意しておけば良いのに、わざわざ買わせに行くとは意地の悪い職場だ。まぁ、そうやって新入りをからかうだけの余裕はあるみたいだが。
 わかった、そういうことなら、全部お売りさせていただきますよ。ただ、大丈夫かいあんた、ここにある弁当全部ってなると相当重たくなるけれど。構いませんと、砂糖女史は深く頷いた。しかしながら、そっちが構わなくっても、こっちが構ってしまうのだ。どう考えても、彼女のやわな腕二つでは、弁当が持てるようには見えないし思えない。倒れられても困るしなと思っていると、気の利かない店長にしては珍しく、それなら君が弁当持ってついてってあげなよ、今日はそのまま直帰しちゃっていいからと、俺に言った。