「砂糖女史の就活」


 右手に弁当の入った買い物袋、左手にも弁当の入った買い物袋、背中にはこれまたぎゅうぎゅうはちきれんばかりに弁当を詰め込まれたナップザックを背負い、俺は店の入り口に立っていた。隣にはちょこなんと、両手を腰の辺りで握り、とぼけた顔をしている砂糖女史。もちろん手には何も持ってなど居ない。なんと言えばいいか、実に分かりやすい男女差別の例である。少しくらいは砂糖女史にも持たせても良いだろうに。まったく、醤油呑み星人の奴ときたら小五月蝿いったらありゃしない。何が、女の子に荷物を持たせるなだ、だからって男に荷物持たせ過ぎだろう。だいたい、俺は砂糖女史とちょっとした知り合いってだけで、恋人でもなんでもないというのに。
 あの、大丈夫でしょうか。やはり私が少しお持ちした方が。醤油呑み星人と違って実に古風な日本女性である砂糖女史は、自己犠牲の精神をフルに発揮させた瞳で俺を見上げた。彼女の心遣いは実にありがたかった。しかし、文句を言った手前ではあるが、この精巧なお人形さんのような砂糖女史に、ともするとうっ血しそうになる重さの買い物袋を持たせるのは、男としてというより人間として気が引けた。重いからな、アンタじゃ無理だよ。まぁ直ぐそこまでだし、大丈夫、持ってってやるよと俺は勤めて気さくな感じに彼女に言った。あの、その、結構ありますよ。なんだったら、タクシー使いましょうかと言う砂糖女史。バイトしてるくせに、タクシーとは贅沢なことを言う。やはり良い所のお嬢様なのだろう、ちょっとばかり腹が立った。
 それで、バイトは結局どこにしたの、やっぱりメイド喫茶なのかい。商店街の沿道を歩きながら、俺は三歩遅れてゆっくりとついてくる砂糖女史に尋ねた。彼女は少し戸惑った様子で俯くと、はい、なんとかあの後、メイド喫茶にアルバイト先が決まりました。ただ、酢藤さんがやってらっしゃるお店では、皆さんといった店とはまた別の所ですけれど。あっ、よろしかったら後で場所をお教えしますので、皆さんでまたいらしてくださいね。別に教えられても、俺はメイドなんて別に好きでもなかったし、味噌舐め星人は砂糖女史を毛嫌いしていたし、ミリンちゃんと一緒に旅行に行くこともなさそうなのだが、会話は流れである、じゃぁ、後で場所を教えてよと俺は快い返事をした。はい、と消え入りそうなほど小さな声で呟く砂糖女史。振り返るとその顔は仄かに赤くなっていた。やれやれ、本当に奥ゆかしい女性だこと。
 高校生らしきカップルや、仕事帰りのサラリーマンとすれ違いながら、俺達は駅へとたどり着いた。それで、君が止まっているホテルはどこにあるんだいと尋ねると、何を思ったか砂糖女史は改札手前の切符売り場へと足を運んだ。ちょっと待て、まさか、電車で移動するのかと聞くと、はい、そうですけれどとおかしなものを見る目で砂糖女史は俺を見つめ返した。そんな目で見たいのはこちらの方だというのに。まぁいい、近くというからには、どうせ一駅二駅だろうと思っていると、彼女が働いてあるであろう都会とそう変らない運賃の切符を彼女は購入した。おい、ちょっと待て、どういうことだと、お前どこに泊まっているんだよ。問い詰めると、砂糖女史はそっと上の路線図を指差した。それは、県内屈指のリゾート地にある駅名だった。