「砂糖女史の魅惑」


 どんな女性が目の前に現れても、醤油舐め星人を愛すると断言しかけた店長の瞳は、さっそく砂糖女史に奪われてしまったらしい。たしかに、砂糖女史の美貌は、その女性的とは決していえない髪型を補って余りあるほど目を惹いたし、そのどこからともなくかもし出される高貴な雰囲気には、無視できない存在感があった。惚れ易い店長でなくても、砂糖女史に見とれてしまうのは必定。男としてしかたのないことだと言っても過言ではないだろう。
 砂糖女史はそんな俺達の視線に気づかない様子で、コンビニの自動ドアをくぐるときょろきょろと辺りを見回した。何かを探しているのだろうか。彼女はまるで俺のよく知る女の子のようにちょこちょこと、コンビニの中を不安げな様子で動き回ると、お弁当のコーナーで立ち止まった。どうやら、お弁当を買いに来たらしい。やんごとなき風格を漂わせている割には、夕飯をコンビニの弁当で済まそうとするとは、意外に意外、庶民的ではないか。
 そうやって弁当のコーナーで砂糖女史が立ち止まってから五分が過ぎた。何を悩んでいるのか、じっとコーナーの弁当を凝視しては、あれでもないこうでもないというかんじになにやら呟いている。先ほどから何人かが彼女の背中越しに弁当コーナーを伺っていたが、妙な威圧感を放つ彼女に遠慮してか、誰も前に出て弁当を手に取ろうとはしない。これでは営業妨害だなと思ったところで、店長がずいと一歩前に出た。これじゃ営業妨害だね、どれ、ちょっとばかり僕が注意してくるよ。鼻の下を伸ばして、さも楽しそうな感じでそう言うと、彼は砂糖女史が立ち尽くす弁当コーナーへと向かった。
 ねぇ君、さっきからずっとそこに立ってるけど、どうしたの。もしかして、欲しいお弁当がないのかな。だったら悪いけどあきらめてね、まだ今日の仕入れには早いから。どうしても食べたいんだったら、今日の11時くらいに来てくれれば入荷してると思うけれど。そうだ、もし弁当の名前が分かるようなら、君の分を取っておいてあげてもいいよ。店長は、彼にしては珍しく、実に爽やかな感じに砂糖女史に語りかけたが、その内容は滲み出るくらいに気持ち悪い童貞臭がしてきそうな、露骨な下心が透けて見えるものだった。
 やれやれ、まったく、どうしてあの男はこうなのだろう。見るからに迷惑そうな顔をしている砂糖女史を見かねて、俺がまくし立てる店長を止めにいこうとすると、それより先に、醤油呑み星人が彼の頭に鉄槌を下した。
 何をやってるんですか、お客さん怖がってるでしょう。まったく、珍しく真面目に仕事してると思ったら、女の子をナンパしてるなんて。今仕事中なんですよ、ちょっとは店を仕切ってる人間としての自覚を持ったらどうなんですか。倉庫から出てくるや否や、辛辣な言葉を店長に浴びせる醤油呑み星人。なぜだろうか、どこかその口調には鬼気迫る凄みすら感じられた。
 いや、これは誤解なんだと、しどろもどろに言い訳をする店長を放っておいて、醤油呑み星人は、砂糖女史に声をかけた。ごめんなさいね、うちの馬鹿店長が驚かして。それで、いったい何の御用かしら。遠慮しないで言って頂戴、こっちも仕事なんだから。すると、砂糖女史は少し考える感じに俯いた後、醤油呑み星人に向かって、ここのお弁当を全てください、と言った。