「砂糖女史の来店」


 火曜日は久しぶりの昼勤だった。正社員になってはじめてではないだろうか、あまりに久しぶりすぎて色々と段取りを忘れていた俺は、ことあるごとに醤油呑み星人に冷徹な突込みを入れられては、たじたじになった。一応、契約の上では彼女はまだ試用段階なのだが、これではどちらが教える側なのか分かったものではない。もっとも、俺の更に上に位置する人物は、注意されるどころか呆れかえられてさえいるのだが。今思うと本当に、どうやって俺はあの人から仕事を教えてもらったのだろうか。記憶の中の彼はいつだって、給湯室でお菓子を食べつつ、早売りのジャンプを座り読みしている。
 ちょっと、アンタ何をボーっとしてるのよ。呆けてる暇があるなら、カップヌードルの補充とか、ペットボトル飲料の補充とか、色々やることがあるでしょう。もうっ、しっかりしなさいよ。店長が役に立たないんだから、私とアンタで頑張るしかないのよ。酷いなぁ、役に立たないだなんて、僕がこの店にいるだけでクルーの緊張感が増すでしょう、店長っていうのは何もせずにただどーんと椅子に座ってれば良いの、それが仕事なの、と、店長は給湯室でパイプ椅子に座り、ジャンプを見ながら俺達に言った。どことなくその肩が震えているのは、自分の威厳に危機感を感じているからだろうか。今更そんなものを意識した所で、もう手遅れに手遅れな状態なのだが。
 言い訳はよろしい。それより店長、それ売り物ですよ、そこまでガッツリ読んだんだから、ちゃんと買い取ってくださいね。あと、一応まだ店には無いことになってる商品ですから、あんまり人に見えるところで読まないように。読むなら給湯室の扉を閉めてください。うっと店長が気まずそうに声をあげた。まったくこの娘ときたら、今までクルーが言いたくても言えなかった事を、ずばり遠慮なく言ってくれる。助かるといえば助かるが、もう少し店長の繊細な気持ちを思いやって、歯に衣着せた発言をしていただきたい。
 それじゃぁ、私倉庫の整理してきますので。帰ってくるまでに肉まんの補充とおでんの補充をお願いしますね、と偉そうに醤油呑み星人は俺達に仕事を言付けると、店の奥の倉庫へと消えた。彼女、こんなきつい性格だとは思わなかったよと、店長が嘆くように呟いた。やはりm顔が良い女の子ってのは、何かしら性格に問題があるのだろうか。味噌舐め星人は子供っぽいし、醤油呑み星人はきつい、ミリンちゃんは猫かぶりだし、とっくりさんに至っては酒乱である。まぁ、確かにどれもそろいもそろって、男が放っておかない容姿をしている美少女ばかり。そんな彼女達がフリーというのは、それなりの理由が必要だ。けれどもまぁ、うん、僕って結構マゾだから、彼女のそういう厳しい所嫌いじゃないかも。店長の突然のカミングアウトに、どう反応していいか分からない。貴方がマゾとかそんなのどうでも良い。どうせ、他に可愛い女の子が現れたら、心変わりするんだろうに。いいや、そんなことはないねと店長が言い、俺は思っていることを口にしたのに気がついた。たとえこの先、どんな女性が僕の目の前に現れても、僕は彼女を愛し続、と言った所で、店長の言葉が止まった。どうしたのだろうかと、彼の視線の先を追うと。そこには、すっかり忘れられた美少女、砂糖女史が立っていた。