「味噌舐め星人の担保」


 やがて味噌舐め星人は俺の腕の中ですやすやと寝息を立て始めた。流石はなにかにかこつけて、俺や醤油呑み星人に働かせるだけ働かせて自分は何もしないという、生粋のニートである。寝ることに関して彼女の右に出れる者は、俺の少ない人間関係の中でもそうそう居ないだろう。なんて、冗談めいた事を考える。確かに外は白んでいたが、まだまだ起きだすには早い時刻だ。彼女でなくても、二度寝をしてしまう奴は居るだろう。事実、徹夜明けということもあったが、俺も眠りたい気分だった。まだ人の後頭部を強烈に殴りつけて、昏倒と混沌に誘う空気が存在している、そういう時間帯だった。
 寝息を立てる味噌舐め星人に俺は更に密着した。彼女の髪が俺の唇に触れて、彼女の着るパジャマが俺の指先に触れた。髪と布越しに感じる彼女の肌の感触は心地よく柔らかい。今までに抱いたどんな枕や、どんな布団よりも柔らかいそれを腕の中に包み込めば、ぐずぐずと彼女の中へと自分が埋没していきそうな、そんな感覚に陥ってしまう。精神的な挿入感とでも言おうそれは、俺の体の中から肉欲を極めて平和的な方法で追い出して、久しく感じることのなかった安息を俺にもたらした。それは、母に抱かれて眠る夜と、父の隣で眠る夜、そして、ミリンちゃんを抱いて眠る夜だった。現実という気味の悪く意地も悪い醜悪な生命体の腹の中で、力なく浮標する存在でしかない俺が、肉体を通して人間との精神的な繋がりを知覚できる唯一の方法。それは味噌舐め星人の肉体に、自分の分身を欲望のままに這わせた夜には感じられなかった。しかし、それをきっかけにして感じられるようになった。肉欲の先にたどり着く境地なのか、それよりもその延長線上には決して存在しない思想なのだろうか。なんにせよ、言いえぬ虚しさを去来させる人間が本質的に備えている性衝動と性行為にはない充足感を、俺は味噌舐め星人を胸に抱いて眠る夜に見出していた。そして、ただ一つ彼女の体に触れていない俺の分身を、肉体と精神の安息感の中に置くことに成功したようだった。もっとも他人の眼で見れば、俺はインポテンツになっただけなのだろうが。
 味噌舐め星人が、なぜ俺に抱かれて眠ることを許すようになったのかは、俺は知らないし分からない。彼女も俺に抱かれて眠る必要があったのかもしれないし、俺の中に存在する世界への孤独感に彼女なりに感づいたのかもしれない。理由は分からなかったが、俺にもたらされた結果を考えればそんなものは些細なことだった。彼女を抱いて眠ることによって得られる安らぎを考えれば、取るに足らない問題だった。麻薬中毒者が、分けも分からず薬を求める心理。渇望と充足。だから、俺はあの日以来、味噌舐め星人を抱いて眠るようになったし、彼女もそれを拒むようなそぶりは見せはしなかった。そして今日もまた俺は安息を胸に抱いて泥濘の無意識へと足を踏み入れる。
 俺の中の行き場を失った性欲が、はけ口を求めて彷徨う暗所で、俺は、塩吹きババアの幻影を見た。砂糖女史のまだ見ぬ淫らな裸体を想像した。そして、味噌舐め星人の鮮やかな色をした陰部を貪り、貫き、散した。何度も何度も何度も何度も。400字詰めの原稿用紙いっぱい、ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど何度も何度も。そして、起きると俺は夢精しているのだ。