「味噌舐め星人の介抱」


 夕方になっても熱が上がってくる気配はなかった。六時を過ぎニュース番組をそれとなしに眺め、七時を回って台所に立ちホイコーローを炒め、味噌舐め星人にまた味噌炒めですかとうんざりとした顔をされて、俺はまた寝床に戻った。寝床に戻って、明日はまた五時からバイトだったな、いや、明日からはバイトじゃなくって仕事になるんだってけかと、本当にどうでもいいようなことを考えて、俺は長いあくびをした。ご飯はちゃんと食べれたし、眠気もちゃんとある。もう十分に俺は病気から回復しているようだった。
 流石の味噌舐め星人も、今日ばかりは着替えるから外に出て行けとは言わなかった。ただし、見ないでくださいよ、絶対に見ないでくださいよ、と、まるで昔話に出てくる鶴のようにしつこく俺に言いつけてから、彼女は俺の背中でもそもそと着替えた。忘れていたのだが、味噌舐め星人は言動の奇怪さはともあれ外面はかなりの美少女だった。そんな彼女が俺の後ろで着替えていて、興奮するなという方が無理な話だった。事実、病気でめっきりとここ二・三日元気をなくしていた俺の息子は、パンツの中で痛いくらいに膨れ上がって俺を悩ませてくれた。思わず、内股に挟んで押さえつけたくらいだ、その刺激に思わず果てそうになったくらいだ。病気から快癒、あるいは病気にかかると共に、強烈な性的欲求が体を駆け巡る経験は、これまでにも少なからず何度かあったが、流石に今日のそれは強烈だった。なにせ、すぐそこを振り返ってみれば、そこに美少女が生まれたままの姿で立っているのだ。もっともその美少女は、下着の透けて見えるような淫靡なネグリジェなどではなく、味噌色をした毛深いフェルトの熊さんパジャマに着替えるのだが。
 それじゃぁ電気消しますね、良いですかお兄さん、真っ暗くらい暗いになりますけれど、いいですかお兄さん。熊さんパジャマに着替えた味噌舐め星人は、なぜか俺の視界に回りこんでまでしてそんなことを聞いてきた。別に読みたい本もなかったし、見たいテレビもなかったので、俺が静かに頷くと、彼女はなんだかとても楽しそうな感じに微笑んで、天井の蛍光灯からぶら下がっている紐を引っ張った。それで、俺達の部屋に入り込んでくる光は、曇りガラスの窓から染み入るようにして入ってくる月明かりと、闇にうごめく電子機器の青白い光だけになる。それは、とても静かな、静かな、闇だった。
 味噌舐め星人はすぐに眠ってしまったようだが、俺は暫くの間上手く寝付けなかった。体内に蔓延っていた病気は完全に打ちのめしていたし、明日の仕事のことを考えると眠らないわけにはいかない気分だった。気分だったのに、俺は寝付けなかった。睡眠欲よりもはるかに上回った性欲が、俺の体に眠る生存本能を突き動かしていた。野獣のような感情をけしかけてきた。それは明確に隣に眠る味噌舐め星人に向けられていた。今日も帰ってこなかった塩吹きババアでもなく、目に入れても痛くない妹のミリンちゃんでもなく、電車でたまたま出会った知的な砂糖女史でもなく、昨日お見舞いに来てくれた醤油呑み星人でもなく、俺の視線は味噌舐め星人に注がれていた。味噌舐め星人の体を求めている。味噌舐め星人の心を求めている。気がつくと、俺は隣に眠る味噌舐め星人に体を寄せて、親と寝る子供の様に抱きついていた。