「味噌舐め星人の戯事」


 それから俺と味噌舐め星人は昼ごはんを作り始めた。味噌舐め星人は頑なに味噌汁を作ると言って聞かなかったが、どうにも俺は固形の物を腹に入れたい気分だったので、彼女の訴えを却下した。随分と食欲は戻ってきている。
 じゃぁ、味噌カツが良いです、味噌カツなら美味しいから許可します。味噌舐め星人は味噌汁を食べるのが無理だと分かるや、間髪入れずに妥協案を提示した。しかし、病み上がりの胃に味噌カツなんて重くてとても食べられない。当然ながら俺は味噌舐め星人のその妥協案も却下した。じゃぁ、いったい何を作るんですかと、涙目になって俺に詰め寄る味噌舐め星人。そんなに味噌料理が食べたいのか、彼女の味噌への執着心には毎度頭が下がる想いだ。しかしまぁ、そんな彼女との付き合いも、もうかれこれ短くない。そこら辺については、味噌舐め星人が喜んで、かつ、俺の胃にも優しいであろう味噌料理については、俺も幾らか考えてあった。ただ冷蔵庫に材料があったかどうかだけが気になり、俺は味噌舐め星人をなだめるとすぐに台所に向かい、冷蔵庫の中を確認した。赤みそと、チルド室に入ったひき肉、そして三個一からげになった納豆のパックが、そこには見えた。納豆は当然ひきわり。
 目に付いた材料を冷蔵庫から取り出しているうちに、味噌舐め星人が俺の背後に立っていた。何を作るんですか、ねぇ、何を作るんですか。彼女は不安そうにそう言うと、俺の背中越しにキッチンを覗き込んだ。するとすぐにその声色が喜色に変わる。あっ、あっ、味噌が出ているということは味噌料理ですね。味噌料理を作るんですね。眩しいくらいに瞳を輝かせてこちらを見上げる味噌舐め星人を、一顧だにせず俺は小さく頷いた。あまりメジャーな料理ではないが、納豆味噌という食べ物がある。火を通し、ミリンと砂糖で甘く味付けしたひき肉と赤味噌を混ぜ、そこに更に引き割りの納豆をぶち込んだごくごくシンプルな料理だ。子供だって作れそうなその料理が、料理と言うのがちょっと気の引けるその料理が、意外に美味しくご飯が進む。
 鍋の中に霜が噴いているひき肉を放り込みコンロに火を点した。じわりじわりと溶け出すひき肉をすかさずほぐすと、ミリンと砂糖をたっぷりと加える。すぐに甘くて良い香りがキッチンに漂う。色が赤色から茶色に変わったのを見計らって味噌を投入し、お互いをよく馴染ませる。暫くしたら納豆を加えて、はい出来上がり。味噌舐め星人に言いつけ、ご飯をよそわせると、俺はコンロの火を切り鍋を片手で持ちあげ、ちゃぶ台の方へと向かった。
 お茶の入った湯飲みで乾杯して、俺と味噌舐め星人は納豆味噌とお茶碗に山盛りにされたご飯を食べた。他に何かを作る気にはなれなかったし、俺としても腹が膨れればそれがよかったし、それにはご飯が一番食いやすかった。味噌舐め星人はといえば、たったのこれだけかと文句を言うかと思ったが、美味しい美味しいと味噌納豆を頬張っていた。彼女の口から、茶色い蜘蛛の糸が風に揺らめくたびに、俺はもっと上品に食えと味噌舐め星人をたしなめた。だってだって、美味しいんだから仕方がないじゃないですか。だいたい、そういうお兄さんだって。味噌舐め星人がじっとこちらを睨むので、俺は口元を手の甲で拭ったが、べっとりとした感触のものは何もついていなかった。