「味噌舐め星人の飼犬」

 おかしい話だなと俺は思った。味噌舐め星人がもしミリンちゃんの言うお姉ちゃんさんだったとしたら、なぜ名付け親にも関わらずコロ太のことを、白い化け物だなどと悪し様に言うのだろうか。そして、なぜあそこまあでコロ太の登場に怯えたのだろうか。それでなくても、これまでに数多く彼女はどうにも納得のいかない発言をしてくれていた。はたして、俺の妹であり、味噌舐め星人のお姉ちゃんさんと称する味噌舐め星人は、本当に俺達の家族なのだろうか。過去に俺が彼女に抱いた細やかな疑念も相まってか、俺はどうしてもコロ太への味噌舐め星人の対応を納得することができなかった。
 なぁ、お前さ、犬嫌いなのか。と俺はそれとなく味噌舐め星人に聞いた。嫌いじゃないですよ、ワンワンはちっさくて可愛らしくて大好きですよ。けどけど、あのワンちゃんは、あのコロ太は、おっきくてもさもさで、よく吼える怖い犬なので嫌いです。コロ太は怖い怖いなので嫌いです、あんなのはゴロ太です、ゴロゴロゴロゴロ、ゴロ太です。お兄さんもそう思うでしょう。味噌舐め星人の問いに俺は同意しかねた。確かにコロ太は大きくてもさもさで可愛らしくはなかった。しかし、よく吼えるようなことはない。彼は俺の家の近所でも、滅多に吼えない大人しい犬として評判だったのだ。コロ太が吼えたのは後にも先にも、俺達が留守の間に家に泥棒が入った時くらいだ。そして、なにより妙に思えたのは、味噌舐め星人がまるでコロ太の小さい頃を知らない風だったことだ。ミリンちゃんの誕生に前後して、子犬のコロ太が家にやってきたことを、俺は今でも鮮明に覚えている。段ボール箱に入ったコロ太が、コロコロと転がる姿が実に可愛らしく、コロコロしていて可愛らしいから、名前はコロ太にしましょうと、誰かが言ったのを俺はちゃんと覚えていたのだ。そう、その日、俺の隣に居た誰かがそう言って、俺と一緒にコロ太の入ったダンボールを家まで運んだのだ。しかし、なぜだか分からないが俺の記憶の中で、その誰かの顔には濃く白い靄がかかっていて、彼女がいったい誰だったのか、俺にはどうしても思い出せなかった。いったい、そのとき俺と一緒にコロ太を見つけたのは誰なのだろうか。記憶の中の彼女は、ミリンちゃんにしては幼すぎたし、赤の他人にしては妙に親しげだった。
 もしそれが味噌舐め星人なのだとしたら、俺の記憶の辻褄は合うだろう。それどころか、俺がもう一人の妹のことを忘れているという、決定的な証拠になるような気がした。しかし、俺の記憶が事実かならば、今の彼女の証言と食い違ってきやしないだろうか。コロコロと可愛らしかった頃のコロ太を知っていれば、あんなコロ太を怖がるような言葉は、彼女の口から出てこないんじゃないだろうか。もし記憶が事実ならば、俺がコロ太の可愛らしかった頃を知っているように、彼女もまた知っているはずだし、俺が小さい頃のコロ太を思い出し彼を愛でているように、彼女もコロ太を愛でるはずではないのだろうか。結局、それらはすべて俺の推論でしかない。しかし、俺は味噌舐め星人に対して、俺の妹を称する女に対して、不可解な感情を抱いた。
 再びテレビの電源を入れると、既にテレフォンショッキングのコーナーは終わっていて、ミリンちゃんはスタジオから綺麗さっぱりと消えていた。