「魔法少女風味ミリンちゃんは、愛犬想いだ」


 なにぶんミリンちゃんはマイナー極まりない新人アイドルである。司会者もミリンちゃんに関してこれといった情報を持ち合わせていないらしく、ミリンちゃんにどういった話題を振れば良いのか、会話の内容について少し悩んでいる様子だった。結局、司会者は無難にも、休日に何をして過ごしているのかとミリンちゃんに尋ねた。まるで思春期の娘に対する父親のたどたどしい問いかけのようだなと、俺は大きなあくびをしながらなんとなく思った。
 休日はですね、お家で犬のコロ太さんとよく遊びます。これがコロ太さんの写真なのです。私が生まれたころにお家にやってきたのですが、その頃はコロコロ可愛い子犬で、お姉ちゃんさんがコロ太さんって名づけたのです。今はおっきくてコロ太さんじゃなくてゴロ太さんって感じなのです。けどけど、一緒にお庭でお昼寝するとき、いっつもミリンの枕になってくれるのです。ですから、大きいですけどコロ太さんはとっても優しい犬なのです。
 犬の名前を聞かされてどうしろというのか、司会者は一瞬へぇと言う顔をして、渡された写真をカメラに向けた。それは確かに大きくなっていたが、俺があの家に居た頃から飼われていた犬に違いなく、あまりの懐かしさに少し眠気が冴えた。俺が出て行った頃には、既にあのくらいの大きさだったが、なぜだろう少しやつれたような気がする。それも仕方がないだろう、なんといってもミリンちゃんも、今年で中学生を卒業するかどうかという年頃なのだ。犬にとっての十五年は、人間にとっての百歳を軽く上回る。はたして、二度とあの家に帰らないと固く決めている俺が、彼と顔を合わすことはまずないだろう。そう思うと急に悲しくなってきて、目の端が潤んだ。どうかできることならもう少しだけ長生きしてやって欲しい。ミリンちゃんが高校にあがるそれくらいまでは、傍に入させてもらえない俺の変わりに、親しい家族として彼女の傍に居てやって欲しい。あんな酷いことをしてミリンちゃんに嫌われたくせに、随分都合の良いことを想うものだと、俺は自嘲した。
 そのとき、味噌舐め星人が俺の隣で震えているのにふと気が付いた。彼女はまるで恐ろしいものを見るような目で、コロ太の映っているテレビを凝視すると、口をパクパクと何度も何度も開け閉めしていた。おい、どうしたんだ、何かあったのかと聞くや否や、味噌舐め星人は飛び出すように起き上がるとテレビの前に飛び出て、電源ボタンを人差し指でぶすりとついた。
 プッツリと電源の切れる音がして画面が暗転する。あまりに唐突で突飛な味噌舐め星人の行動に俺が声も出せないで居ると、味噌舐め星人がふぅとため息をついてこちらを振り返った。びっくりしました、びっくりしましたよ、まさかあの怖いワンワンがテレビに出てくるなんて、私、びっくりしましたよ。ミリンちゃんも意地悪ですね、あんな白い化け物をテレビで紹介するだなんて。皆、あんなの見たらすぐにバタキューですよ、あぁ、怖かった。
 味噌舐め星人はそう言ってテレビに背を向けると、日常の続きを読み始めた。俺は、彼女がいったい何を言っているのか分からなくって、暫くしてようやく、『ワンワン』というのが、『白い化け物』というのがコロ太の事を指しているのだと気が付いた。というよりも、それしか思い当たらなかった。