「味噌舐め星人の震幅」


 どうにも記憶にはないが、俺は昨晩味噌舐め星人を夜遅くまで心配させたらしい。彼女の目の隈が俺の気のせいだったなら、こんなに彼女がうつらうつらとしているのは何故だろうか。俺は漫画を読み上げる味噌舐め星人にもう良いよと言うと、「日常」の四巻を味噌舐め星人の前に積み重ねて、布団の中に腕を突っ込んだ。すぐさま味噌舐め星人が、いいんですか、読まなくて良いんですか、面白いですよと、おどおどとした様子で尋ねてきた。よほど続きが読みたいのだろう。良いよ、俺はもう、その漫画は何度も何度も読んでるから。なんて試しに言ってやると驚くほどがっかりとした表情を味噌舐め星人はしてみせた。とりあえず俺は読んでもらわなくて結構だから、お前が読みたいなら勝手に読みなよ、ただし声に出して読んではくれるなよ。試しに俺がそう言ってやると、彼女は目をぱちくりと開いて嬉しそうに微笑んだ。あと、静かに読めよと、俺は付け加えようかと思ったが、ギャグ漫画を読むのに静かにしろなんてのは、流石にナンセンスなので止めておいた。
 気づけば起きてから今の今まで、休むことなくずっと本ばかり読んでいた。本を読んでいるだけでも案外疲れるもので、先ほどまで本を掲げていた手は軽く痛み、瞼を閉じれば目の奥の筋肉が心地よく緩んだ。暗闇に閉ざされた視界と思考は、暗澹と流れる夢と現の彼岸を浮き沈みしつつ流れていく。ふたたび俺の意識が覚醒すると、あっという間に一時間が過ぎており、「いいとも」が始まる時間になっていた。そうだ、今日はミリンちゃんがゲストで出演するのだった。猫の皮を被った小生意気で憎たらしい妹が、大御所を前にしてどんな対応をしてくれるのか、是非とも一目見なくてはいけない。昨日のテレフォンショッキングでのやり取りを見ていると、俺はどうにもひとつミリンちゃんが大変な事をやらかしてくれそうな気がしてならなかった。
 布団の中から這い出ると、俺はリモコンを拾い上げると電源ボタンを押した。何度押してもテレビは点かず、そのうち主電源がオフになっていることがテレビのフロントについたLEDの光で分かった。そういえば、昨日の夜テレビを消した覚えが俺にはない。大方、リモコンの使い方が分からない味噌舐め星人が、主電源の方でテレビを消してしまったのだろう。
 しかたなく、俺は起き上がって布団から完全に出ると、テレビの前にひざを着いて、主電源ボタンを人差し指で強く押し込んだ。緩んだギターの弦を弾いたような音がして、赤いフロントパネルのLEDの光が緑色に代わる。するとジャストタイミング、狙い済ましたかのようにテレフォンショッキングのテーマが、テレビのスピーカーから軽快に流れた。あれ、起きたんですか、お兄さん。なんですか何を見るんですか。日常を読むのに夢中になって、俺が起きたことに気づいていなかったらしい味噌舐め星人は、ページの間に指を挟んで栞代わりにすると、ころりと布団の上を転がり俺の隣に座った。
 ほら、昨日ミリンちゃんが出るって言ってただろう。あぁ、あぁ、そういえばそうでした。ミリンちゃん、昨日あんなに不機嫌でしたけど、大丈夫でしょうか。さぁねぇ、まぁ、いつもみたく上手いこと猫被ってやり過ごすんじゃないの。スタジオに届いた花輪の名前を読みながら適当なことを言った。