「魔法少女ミリンちゃんは、人徳がなかった」


 見るからにスタジオに届いた花輪は少なかった。スタッフががんばったのか、巧妙に多く見えるように配置してあったが、実際に数えるとそれは両手で事足りるくらいだった。芸能界に対して知り合いも居ないのだろう。それもそうだろう、なんと言っても、たかだかミリンのCMに出るのが関の山な子役なのだ。そのCMのイメージが本来の芸名よりも、広く一般に定着してしまうような子役なのだ。事実、彼女宛に送られてきた花輪の多くは、宛名の所にミリンちゃんへと書かれていた。これを見たミリンちゃんが、どんな酷い顔をするのか。彼女と付き合いの、長い俺には容易に予想がついた。
 ミリンちゃんの本来の芸名が呼ばれ、スタジオ奥の扉が開く。ゲスト登場のテーマと共に、ポスターを持ったミリンちゃんがスタジオに姿を現した。黒いベレー帽に黒い靴、修道服のような黒いワンピースを着たミリンちゃんは、その硬質な靴のかかとで床を踏み鳴らして司会者の前に歩いてい来ると、脱いだベレー帽を脇に抱えて芝居がかったお辞儀をした。そのしぐさが可愛らしくて、思わずスタジオ内にざわめきが起こった。俺の隣でミリンちゃんを見守っていた味噌舐め星人も、おぉと声を漏らした。やれやれ、この程度のことで何をそんな大げさに驚く必要があるのだろうか。よく分からない。
 こんにちは、今日はお招きいただきありがとうございます、なのです。昨日の電話の態度からは想像つかないほどに愛想良くミリンちゃんはそういうと、ポスターを司会者に渡す。開かれたポスターは、ミリンちゃんが芸能活動を始める前から所属している劇団の公演案内だった。その中には、ミリンちゃんの姿も確かにあったが、まるで集合写真の欠席者のように、ぽつりと一人だけポスターの上に写っているという、少し寂しい感じのものだった。芸能活動をするようになってからは、めっきり劇団に参加しないようになったと、以前誰かから聞いたような気がする。いいともに出演するというのにポスターの一つもないのではしまらないと、急遽劇団に頼み込んで作ってもらったのだろうか。まぁ、流石にそんな漫画みたいなことはないか。
 お芝居をやるの、へぇ、意外と多彩なんだねといわれると、ミリンちゃんはかしこまった様子でふるふると首を横に振った。そうして、促されるままにミリンちゃんが席に着くと、司会者は後ろに居並んだ花には一切触れず、いきなり昨日の出演者からのメッセージを読み上げた。ミリンちゃん、また今度一緒にステージやりましょう。なに、一緒に何かイベントでもやってるのと、司会者は軽い口調でミリンちゃんに尋ねた。その瞬間、本当に誰も気づかないような僅かな瞬間だったのだけれども、ミリンちゃんの表情がこわばった。それは、普段テレビの中で、彼女が笑顔の中にひた隠している、知られてはいけない感情のように俺には見えた。しかし、それも一瞬で、すぐにミリンちゃんはニコニコと、テレビ向けの営業スマイルに戻っていた。
 ビネガーちゃんとはですね、同じスポンサーのコマーシャルをやってるのです。それでですね、前にそのスポンサーの企画で、一緒にスペシャルライブをやったことがあるのです。へぇ、一緒にライブをね、二人とも歌上手いんだと、司会者は何が楽しいのか分からないが、とても楽しそうに笑った。