「魔法少女風味ミリンちゃんは、ご機嫌斜めだ」


 ミリンちゃんの不機嫌の原因がどんなものなのか、兄妹とはいえ今は離れて暮らしている俺には想像もつかなかった。それにしたってミリンちゃんの癇癪は相当に些細なことから起こることが多い。基本的に、魔法少女ミリンちゃんは神経質なのだ。自分の芸名が仕事で演ずる一キャラクターの知名度に負けてしまっている事実に腹を立てるのだ。自分の兄にファミレスに呼び出されたくらいで不機嫌になるのだ。仕事での扱いが酷くなった要因を、自分ではなくまずは外に求める子なのだ。そんなやり方では、子供みたいなことでは、早晩ぼろが出て芸能界を干されるにきまっているとは、俺も少なからず思っていた。しかし、なにもこんな人気番組で、あからさまに嫌そうな態度をとることはないだろう。そんな自分の首を絞める行為を、愚痴を言いながらもアイドルという仕事と地位に執着するミリンちゃんが、猫を被って愛想を振りまく狡猾なミリンちゃんが、なぜしてしまったのだろうか。
 ミリンちゃんのお声、どうしたんでしょうか、なんだかとっても怒ってる感じがします。なんでミリンちゃん怒ってるんでしょう。もしかして、朝ごはん食べれなかったんですかね、それともお財布でも落としちゃったんですかね。テレビの中のディスプレイに映ったミリンちゃんの顔を、心配そう見つめながら味噌舐め星人はまた暢気な心配をした。よくできた妹であるミリンちゃんならば、そんな話はきっと笑い話に変えてしまうだろう。むしろ、今のミリンちゃんの態度はそれ以前の問題、話す話さない以前に、話したくないという感じであった。そう、それはまるで、ミリンちゃんが俺と接するときに見せるような、話が早く終わることを期待する、そんな態度だった。
 そうでした、こんな時のためにお電話の番号をミリンちゃんから教えてもらってたんです、ちょっとお話を聞いてあげましょう。お兄さん、電話はどこですか、ミリンちゃんに電話をかけてあげなくちゃです。お兄さん、お電話をかしてください、かけてください。まぁ、落ち着けよ、今違う電話に出てるからかけてもミリンちゃん出られないよと、俺はちゃぶ台の前に立ち上がりきょろきょろと電話を探す味噌舐め星人をなだめすかした。なに、貴方たちそのアイドルと知り合いなのと、醤油呑み星人と店長が視線を向けたが、詳しく説明するとややっこしい上に面倒なので、俺はまぁねと受け流した。
 いまや番組の時報とも言える、お決まりとなった台詞を、つっけんどんなミリンちゃんの口から引き出すのに、司会者は相当苦労している様子だった。それでもなんとか最後には「いいとも」とミリンちゃんは言ったのだが、気がづけばステージ前も、テレビの前もすっかりしらけきってしまい、言い様のないというか、何も喋りたくなくなるというか、妙な気だるさを伴った空気が俺の部屋に充満していた。ミリンちゃんが嫌いな俺でもにわかに心配になってくる。こんな調子で、明日の収録は本当に大丈夫なのだろうか。日本に住む大半の人間がそう思っているであろう中、番組は淡々とCMに入った。 店長、俺、明日ってシフト入ってましたっけ。気づくと俺は、なんとなし店長に明日のスケジュールを尋ねていた。明日、明日かい。店長は少し口ごもってから、たぶん明日は確か入っていなかったと思うけれどと、言った。