「醤油呑み星人の侵攻」


 僅かな隙間から見える店長の肩越しに、やっほうと醤油呑み星人が姿を見せた。ニット帽に毛糸のマフラー、暖かそうなクリーム色のセーターに、少しくすんだ紺色をした合成布のコートを羽織り、そして眼には太縁の眼鏡をかけた彼女は、間違いなく先日俺たちと居酒屋つぶれかけに酒を呑みに行った、やけに俺と味噌舐め星人を毛嫌いしている、醤油呑み星人だった。
 なんで醤油呑み星人が店長と一緒に居るんだ。店長と彼女とをつなぐ接点が分からず、俺の思考回路と中枢神経は一瞬だが停止した。その一瞬の隙をここぞとばかりについて、店長は強くドアをこちら側に向かって押し込んだ。結果、俺は一歩後ろに下がってしまい、店長は俺の部屋の敷居をまたいでしまった。押し返そうにもここまで深く入り込まれては、扉の間に体を挟んで抵抗されるのは眼に見えている。勝手にしろよと俺はドアから手を離した。
 へぇ、随分と狭い家に住んでいるんだねぇ。うわぁ、キッチンそんなに狭くて料理なんてできるのかい。今時ブラウン管のテレビなんて珍しいね、なに、アンティークの趣味でもあるの。あっ、パソコンは流石によさそうなの使ってるんだね。DELL、それともHP。どこにもロゴがついてないって事は、もしかして三流メーカー。せっかく一人暮らししてるんだから、もうちょっと良いもの買いなよ。いいともを見るという当初の目的をすっかり忘れて、店長は俺の部屋をじろじろと興味深そうに見回すと、大変失礼な感想をご丁寧に口に出して言ってくれた。やっぱりこいつを家に入れるべきではなかった。ふぅん、これが美少女拉致監禁犯で婦女暴行犯の部屋か。案外普通なのね、もっと猟奇的かもっと変態的な部屋かと思ってたわ。そして醤油呑み星人はさらっとさらに失礼な事実を言ってくれた。こういう余計なことを言って人の神経を逆なでするところがこの女の悪いところだ。正しいと思うことならなんだって、すぐに言葉に出して良いなら、人は大人になったりなんかしないというのに。監禁、暴行、誰が。店長が俺に首を傾げて尋ねてきたので、さぁ、なんのことやらと俺はとぼけて見せた。少しは空気を読んでくれたのか、醤油呑み星人がそれ以上何も言ってこなかったのは正直なところ助かったが、彼女の含み笑いはどうしようもなく俺の癪に障った。
 それで、いったいぜんたいどうして店長とアンタが一緒に居るんだよ。前会った時だって、メアドも交換せず分かれてたじゃないか。どうやったら、あんたら二人がこうして一緒に行動する機会が得られるって言うんだい。勝手に台所にあがりこんで、急須でお茶を注ぎだした醤油呑み星人の背中に、俺は彼女が姿を現したときから抱いていた疑問を尋ねた。それは、君が仕事を休んだからだよと、俺の布団の横にちゃぶ台を置き、座布団に陣取った店長が言った。昨日ね、君もA子ちゃんも休んじゃって大変なところに彼女が店に来てね、肉まん、酢醤油二個でからしなしって注文したんだ。だから、それがいったいどうしたのだ、彼の話はいつも要点を得ていない。そしたらこの人、肉まん一つめるのにもたついてね、気づいたら私の後ろに行列がずらり、よ。これはまずいなと思ってレジを手伝ったら後はもうなしくずし、さっきまで一緒に働いてたのよと、店長の後を継いで醤油呑み星人が言った。