「店長、見舞いに来る」


 十二時を過ぎたので、俺はNHK教育番組から東海テレビにチャンネルを変えた。すでにオープニングのコーナーが終わっていたいいともは、ちょうど今からテレフォンショッキングが始まるところだった。毎度よろしく、今日のゲストもまた俺の知らない女優さんで、せっかくチャンネルを変えたがまたNHKに戻そうかと思ってしまった。これでゲストが芸人だったら俺もまだ分かるしそこそこ楽しいのだが、知らない人間の話を聞いて盛り上がるというのはなかなかに難しい。実際、俺はもう一度手にリモコンをとったのだが、思いのほか出てきた女優さんが綺麗だったので、少し様子を見ることにした。短くスポーティッシュに発散している金髪に、青信号のように青い眼、華奢な体つきはうちのミリンちゃんとそう変わらない年齢に見えた。そのくせ、喋る言葉ははっきりとした大阪弁で妙な感じだった。なんでも今を時めく新進気鋭のモデルで、最近はテレビCMなどにも引っ張りだこだとか。
 ふぅんと俺が鼻を鳴らすと、ふと玄関の扉が弱々しく鳴った。本当に聞こえるかどうかという音だったので、俺は最初、テレビから出てきた音か何かだと勘違いしたくらいだ。けれども、その音が何回も何回も、それはもう多少しつこいくらいに、多少煩わしいくらいに続いたので、あぁ、このしつこいノックはまず間違いなく店長が来たのだなとため息をついた。俺は、いつの間にか眠ってしまった味噌舐め星人の顔を、俺の腹の上から起こさないようにそっと敷布団のほうへ移動させると、玄関に立ってドアを開けた。
 やぁ、おはよう、風の方は大丈夫かい。びっくりしたよ、君が病気で仕事を休むなんてなんせ初めてだったからね。はい、これ差し入れ、お弁当とお茶。妹さんと、お姉さんも一緒に住んでるんだったっけ。一応三人前持ってきたんだけれど、これでよかったかな。僅かに開いた扉の隙間から、その二十四時間変わらなさそうな間抜けな面を見せると、店長は俺に白いビニール袋を突き出した。確かに中には、四百円クラスのお弁当が三つと、オレンジのキャップのお茶が入っていた。弁当もお茶も、ここまでくる道中ですっかりと熱を奪われており、もう一度レンジで暖める必要があった。あるいはこの店長のことだから、暖めてくるのを忘れたのかもしれない。病身の俺に料理を作る余裕はないので、充分にありがたいことなのだが、少し残念だ。
 おっ、もしかしていいとも見てるの。たしか今日のゲストはビネガーちゃんだったよね。僕、彼女のファンなんだ、ちょっとあがらせてよ。店長は、その手を僅かに開いた扉の隙間に差し込むと縁に手をかけ、強引に中に入ってこようとした。別に彼の入室を拒む理由も、必要もなかったのだけれど、俺はなんだか彼を自分の部屋に入れたくなくて、やめろよと叫ぶと、彼に負けじとドアを押し閉めようとした。いいじゃないか、見させてくれよ、ねぇちょっとだけだから、それを見たらすぐに帰るからさ。駄目だね、無理だね、本当に彼女のファンだというなら、見てから来ればよかったんじゃないか。その程度のファンのくせに、なにを言ってるんだよ。さぁ、帰ってくれ。
 いいじゃないのよ、入れてあげなさいよ。こいつ、あんたの部屋に入るの楽しみにしてたんだから。突然、店長の背後から聞き覚えのある声がした。