「味噌舐め星人の増水」


 朝ですかぁ、お兄さん起きちゃってますか、駄目ですよ風邪引きコンコンなんですから大人しく寝てなくっちゃ。ぐしぐしと指の腹で睫についた目やにを落としながら、のっそりとした動作で味噌舐め星人は立ち上がる。その鮮やかで肉付きのよい縁取りがついた口を、ふぁと気の抜けた声とともに大きく開けて欠伸をすると、彼女は俺に跨るようにして膝をついた。そっと、彼女の冷ややかな手が俺の頭に優しく触れた。熱はないですね、一安心ですね。けどけど、まだもうちょっとお布団に入ってお休みしてください。
 寝起きの味噌舐め星人は、くまさんパジャマを着ているにも関わらず妙に色っぽかった。まだ完全に開ききってない眼。寝癖で所々もつれ、一部が綿の様に盛り上がった髪。どことなくだらしないそんな仕草が、彼女の無邪気な雰囲気と合わさって、彼女のその可憐な姿と合わさって、小動物のような愛らしさを俺に感じさせた。そして、丈の短いパジャマから伸びた、白くてしなやかな足。僅かな切れ目から見える黒いショーツ。その存在を視覚で、布越しに触覚で自分の太腿の上に感じて、頭よりもなによりも他を置いて体の一部が真っ先に熱くなるのは、男として仕方のないことに思えた。
 幸いにも彼女は俺の中に沸き出でた熱が顕在化する前に、俺の上から立ち退いた。そして部屋の隅に脱ぎ散らかされていたエプロンを手に取ると、ぶきっちょな感じにそれを自分の体に結わえる。それじゃ朝ご飯作りますね、お兄さん何が食べたいですか。俺は、いつもと変わらない朝食で良いよと言いかけて、ふと味噌舐め星人の料理の腕前を思い出し言葉を飲んだ。朝からあの味気のない味噌がたっぷりと溶かされた味噌汁を飲まされるのは、病んでいるのを差し引いても体に悪い気がしてならない。是非にもそれだけは勘弁願いたいのだが、かといって、それ以外に彼女が作れる料理といえば、他に何があるだろうか。塩吹きババアが味噌汁以外に料理を教えてくれているかもしれないが、まず朝食だから七・八割の確率で味噌汁が出てくるだろう。
 じゃぁ、あまり食欲がないからおかゆを作ってくれよ、と俺は味噌舐め星人に言った。おかゆおかゆってなんですか、それは味噌料理ですかとお決まりの台詞を言う味噌舐め星人。おかゆって言うのは、お米をちょっと多めの水で炊いて作る、水みたいな食べ物だと説明したが、それでも味噌舐め星人には理解できなかったらしく、それは味噌料理ですかとしつこく俺に尋ねた。味噌は使わないから味噌料理じゃないよと言うと、それじゃ私が食べれないから駄目です、ちゃんと私が食べれるような料理にしてくださいと、味噌舐め星人は頬を膨らませて抗議してくるのだった。とはいえ、おかゆ以外に作れそうな料理もない。いいから黙って作れよと、俺は強気に言った。
 暫くの間、味噌舐め星人の布団に入りながら、俺は板張りの天井浮かんでいる目の数を数えていた。二百個くらい数えたくらいで、味噌舐め星人ができましたと、台所から盆を持って俺の所にやってきた。一人用の土鍋からは良い匂いが立ち込めていたが、どうにもおかゆの匂いではない。蓋を開けると中に入っていたのは、茶色い味噌雑炊だった。お味噌入れたらもっと美味しくなると思ってと、微塵の悪気も無さそうに味噌舐め星人が言った。