「塩吹きババアは監視する」


 いい加減話しの内容も底をついたのか、塩吹きババアが突然に喋るのを止めた。その時には、良い塩梅に浅い眠りの中へと誘われていて、俺は薄っすらと瞳を閉じていたのだが、彼女の態度の急変に少し視界が冴えた。見ると塩吹きババアはいつになく神妙な顔つきで俺を見つめていた。それは、俺の身体を心配しているようにも見えたし、何かもっと違う事を考えて憂いているようにも見えた。人間でもなければただでさえ何を考えているのか読み辛い彼女の事である、彼女が何を考えているかなど俺如きに分かるはずもなかったが、そんな表情は彼女らしくないなと、俺は少し不思議に思った。
「のう、若者よ。お主、嫁殿と随分仲が良くなったようじゃが、忘れておらんだろうな。嫁殿は、決して人間ではないのだぞ。ワシと同じ、人間と同じ姿をした何かでしかない。そこの所を若人よ、ちゃんと分かっているのか」
 分かっているさと、俺は再び眼を瞑りながら返事をした。別に人間じゃないからなんだって言うのだろうか。人間じゃないから気をつけろとでも。そんなことを言い出したら、今、俺の目の前に居る塩吹きババアだって人間じゃない。なまじ味噌舐め星人より、容貌が人間離れしている分、彼女の方が危険な感じだってする。だのに、ここまで深く付き合うようになって、人の心に入り込んでおいて、気を許すなだと。そんなこと今更お互いできるわけないのは、同じようにして近づいてきた彼女なら良く分かっているはずだ。
 宇宙人だろうが、俺の妹だろうが関係ないよ。だいたいなんで味噌舐め星人が人間でなくちゃなんでいけないんだ。子供が産めないからか。子孫が残せないからか。はっ、余計なお世話って奴だよ。別に作れなくったって、そんなのは養子でもなんでも貰えば良いだけだろう。性欲的な問題だったら、どっちかが我慢すれば良いだけの話だ。そういうの度外視して、俺は味噌舐め星人と一緒に居たいし、多少面倒臭い時もあるがこいつの事を大切に思っているんだ。良く分からないが、こういう感情を愛って言うんじゃないのか。
 もっともそれは塩吹きババアに関しても言えることなのだが。そんな事は気恥ずかしい上に浮気とも受け取られかねないので、声に出せなかったが。
「さぁのう、私は妖怪じゃから人間のいう愛だの恋だのはとんと分からん」
 塩吹きババアのいつになく寂しそうな声が部屋に響いた。なぜ彼女がそこまでして味噌舐め星人を警告しようとするのか。昼間あれほど仲睦まじく、まるで姉妹の様に接している味噌舐め星人を、そんな風に言うのか。俺には今ひとつ理解が出来ない。彼女が妖怪である事がその思考の根底にあるようにも感じられず、かといって本当に味噌舐め星人が危険であるとも思えない。
 どうしたいんだよまったく。して欲しい事があるなら、はっきり具体的に言ってくれ。俺はあいかわらず天井に張り付いて居るであろう塩吹きババアに向かって声をかけた。すると、ふと俺の耳元の空気が静かに振動し。
「それでは、隣で眠らせてくれ。ただの気まぐれだ何の他意もない……」
 と、塩吹きババアの冷え切った空気を連想させる声が、俺の耳に入った。
 俺が承諾するのも待たず、塩吹きババアは俺の腕にその手を絡ませ、肩にその顔を預けて沈黙した。彼女の身体は冷たく、病気の身に心地よかった。