「店長、助けを呼ぶ」


 あまりに酒を呑みすぎて、アルコールが血液の変わりに身体の中を回り始めたのではないのだろうか。露出した肌に絶え間なく脂汗が滲み、蒸発しては俺の身体から熱を奪っていく様を見て、俺は、今自分の身体から出ているのは汗ではなくアルコールなのではないのだろうかと、そんな風に思わずにはいられなかった。しかしそうやって身体から奪われる熱よりも、アルコールが体の中を駆け巡り発生した熱エネルギーの方が多いらしく、かけどもかけども汗が止む気配はない。大丈夫ですかとこちらの顔を覗き込んだのが味噌舐め星人だというのはかろうじて分かるのだが、彼女の表情を読み取る余裕はもはや俺には残されていない。そしてまた、アルコールがやって来る。
 お兄さん、顔が真っ赤ですよ、汗がびっしょりですよ。大丈夫ですか、私分かりますか、お兄さん、しっかりしてください。大丈夫だ、心配しすぎだよお前はと、俺は味噌舐め星人の頭に手を置くと言った。体の心配をしてくれた事が素直に嬉しかった俺は、そのまま彼女の頭をかき回すようになでた。痛いです痛いです、お兄さん。力が強いです、痛いです。どうにも力の調節も聞かなくなってきたらしい。すまないと彼女の頭から手を離すと、ごめんなさい、私がうっかりお酒なんて頼むからと、今度は徳利さんが声をかけてきた。そう思うなら気をつけてくれ。いや、それにしたってこれは幾らなんでも、うっかりがすぎるってもんだ。俺は無遠慮に、彼女への不満をおくびも隠すことなく、徳利さんにそう言った。彼女はまた俺に、中身が詰まっていなくて実に軽そうなその頭を、水のみ鳥のように何度も何度も下げたが、はたして目の前の彼女は本当にすまなさそうな顔をしているのだろうか、実はこんな体の俺を見てほくそえんでいやしないかと、俺は深く疑問に思った。
「若者、さっきから後ろの電話が五月蝿く鳴っておるぞ、はよう出んか」
 今だ声量の衰えぬ塩吹きババアが、間奏の合間を縫って地声で言った。集中して耳を澄ますと、歌に混じって確かにベルの音が鳴っているのが聞き取れた。そろそろ終了時間らしい。ゆっくりと壁にかかった受話器を取り、耳と口にそれを当てると、思ったとおり聞き覚えのある声が、お時間終了十五分前ですがよろしいでしょうかと尋ねてきた。んな事はわかってるんだよ、と、俺は受話器を勢いよく元あった場所に受話器を置いて、電話を切った。
「それと、さっきから若者のズボンがいやらしく震えておるが、大丈夫か」
 いやらしいってなんだよと思いながら俺がズボンを見ると、股間の辺りがブルブルと激しく振動していた。前ポケットに手を突っ込むと、液晶画面をこれでもかと明滅させて着信を知らせようとしている携帯電話が出てきた。かけてきたのは、昨日の夜分かれたっきりの店長で、調子が悪いのも相俟って、よっぽど無視してやろうかと思ったが、雇い主を無下に扱う訳にも行かずしぶしぶ着信ボタンを押した。もしもし、はい、なんですか、なんの用ですか。なんの用ですかって事は無いだろう君、もう仕事の時間だってのにどこで油を売っているんだい。君がいないおかげで、今、レジがどういう常態になってるか想像できる。僕一人でレジ打ちなんてできるわけないじゃない。
 助けて。シフト入ってたA子ちゃんが急に辞めちゃって、大変なんだよ。