「徳利さんは、油断ならない酒呑みだ」


 ドリンクの一つやそこらで、激しく歌った後の喉の渇きというのはどうこうなるものではない。たとえ、時間つぶしを良い事に一人にマイクを占有され、ろくに歌っていなかったとしても、だ。狭い部屋の中に閉じ込められ、エアコンから乾いた風を送られれば、息苦しさに、口寂しさに歌わなくてもそうなってしまうのだ。なにより、他にすることもないのだからしかたない。
 塩吹きババアの歌いっぷりといえばそれはもう凄まじかった。格別に歌うのが上手い訳でもなく、さりとて聞くに堪えないわけでもなく、彼女の歌は友達と談笑交じりに興じるには丁度良い感じの歌だった。しかし、流石は飲み物を頼まないだけはある。俺や味噌舐め星人が歌わず、徳利さんが遠慮するのを良い事に、二曲三曲立て続け、男声女声入り混じり、ポップス・ロック・ヘビメタ・アニソンと、変幻自在に歌い上げるのだ。よくそれで喉が持つなと時計を見ると、ここに入って三時間が過ぎようとしてた。それでも、塩吹きババアはまだ歌う来まんまんの元気一杯といった表情で、間奏の合間にカラオケカタログをめくっては、次々に思いつくまま目に付くままといった様子で、リモコンのボタンを押したくった。あまりに見境無しに曲を入れた為に、予約リストの限界を突破してしまい、これ以上予約できませんと画面に表示されたほどである。もっとも、一心不乱に歌う塩吹きババアはその表示にも気づかぬ様子で、カタログを見下ろしリモコンを押下していたが。
 塩吹きババアが三曲から五曲ほど歌うと、思い出したように徳利さんの曲が入る。それで、塩吹きババアはふぅとため息をついてマイクを徳利さんに渡し、俺たちに自分の歌はどうだったかと聞いてくるのだった。味噌舐め星人は上手と褒めたが、俺は特に興味もないので適当に答えておいた。ただの娯楽に上手・下手などという概念を持ち出すことに、意味があるとは思えない。楽しめればそれでいいではないか……。などと言いつつ、歌えば俺も、ついつい熱が入ってしまうのだが。まぁ、腹の調子が今一つ悪く、なおかつそこに加えて、徳利さんが注文し間違えた大量のアルコールによって、意識の朦朧としている俺にとっては、そんな事はどうでも良い事だった、本当に。
 なんて考えている間にも、いつの間にそこに置かれたのか、目の前のテーブルには元気良く泡を弾けさせる炭酸系のアルコール飲料が載っていた。これまでに、モスコミュール、ソルティドック、レモンサワー、カシスサワーと飲まされて、今度はスパークリングワインだ。しかもなぜか中ジョッキ。やれやれ勘弁して欲しい、ワインと言うのはジュースの様に見えてアルコール度数がビールの二倍三倍と意外に高いのだ。所詮そこらのコンビニで売っているような、安物のスパークリングワインだろうが、それでも先ほどまでの様にくいっと一口に煽れるようなものではない。よもや酒が呑みたくてわざと頼んだのかと徳利さんを睨みつけると、びっくりしたのか彼女が歌うのを止めて頭を下げた。すみません、つい、いつもの合コンの調子でお酒を頼んでしまいました。どうにも、最近の大学生と言う奴は恐ろしい。また彼女を酔わせて酷い眼に合うのも嫌だったので、しぶしぶ俺が飲むことにしたが。ここまで立て続けに間違ってくれるとは、流石に素面でも考えつかなかった。