「味噌舐め星人の物欲」


 振り返れば奴が居た。指をくわえた味噌舐め星人が、物欲しそうにじっとこちらの方を、というか俺の手の中にあるカップラーメンを見ていた。背後に俺の物ではない腹音を聞いた時、なんとなくそんな気はした。しかし、まさか本当に味噌料理の匂いを嗅ぎつけてやってくるとは。恐るべし味噌舐め星人。恐るべし味噌舐め星人の嗅覚。俺だけでなく、味噌舐め星人の背後に漂っている塩吹きババアもまた、驚愕の眼差しを味噌舐め星人に向けていた。
 おいしそうですね、おいしそうです。それはなんという食べ物ですか、よかったら一口くれませんか。私、味噌料理が大好きなんです、それは味噌料理ですよね、ねぇ、ねぇ、くれませんか、くださいよ。どうやら味噌舐め星人は、味噌ラーメンに気を取られてそれを持っているのが俺だと言う事に微塵も気づいていないらしかった。どれだけ味噌が好きなんだとあきれ返っているうちに、彼女は許可も取らぬまま俺の手から味噌ラーメンを奪い取ると、三分にはまだ早いにも関わらず蓋を開け、箸を割り、麺を啜った。ずるずると、彼女は盛大な音を立てて味噌ラーメンを啜った。立ち食いそばさながら、人の目も気にも留めず豪快に啜った。ちょっとどころか、たっぷり2.0倍入りの麺をすっかり食べつくすと、彼女はネギも残さずスープを飲みきった。
 はぁ、美味しかったです。ありがとうございます、ありがとうございます。どういたまして。お前な、俺だからよかったが、間違っても他の人にはこんな事するなよ、注意される程度じゃすまんからな。声を発して、はじめて俺だと気づいたらしい味噌舐め成人は、あれ、あれ、あれ、なんでお兄さんがここにいるんですか、なんでなんですかと、目と口をこれでもかと忙しく瞬かせて驚いた。まぁ、そんな事はどうでも良いじゃないか。それより、腹も一杯になった事だし落ち着いたらどうだ。ほれ、立ち話もなんだしそこの席にでも座ろう。面と向かって味噌舐め星人に、お前が心配でこっそりつけてきたとは言うに言えなかった。誤魔化すようにしてオープンカフェのテーブルに座った俺は、味噌舐め星人を手招きした。ほら、お前もそんな所に浮いてないでこっちに来いよと、塩吹きババアに声をかけると、あぁ、あぁ、お姉さんも居たんですか、と後ろを振り向き味噌舐め星人が驚愕の声をあげた。
 妙に腹の心地が悪かった俺は昼飯を食う気にはなれず、売店の横にあった自動販売機でコーヒーを買ってテーブルに戻った。味噌舐め星人と塩吹きババアは、いつも俺の部屋で一緒に居るときの様に仲良くはしゃいでいて、遠くから見れば本当に仲の良い姉妹か友人の様に見えなくもなかった。しかし、その内の一方は妖怪なので、そういうのが見えない人間には、何もない空間に喋りかけては笑っている不気味な人間に見えてしまうのだろうが。
 それはあの苦い奴ですね。それはいりません、私はそれは飲みたくないです。心配しなくても分けてやらんよ、これは俺のだ。心配そうな表情の味噌舐め星人にそう言うと、俺はコーヒーが入っている紙コップに口をつける。コーヒーのほどよい苦味が、朝から今ひとつ鈍い思考を冴えさせてくれやしないかと期待したが、その熱で余計に熱っぽくなるだけだった。やれやれと紙コップをテーブルに置くと、恐る恐る味噌舐め星人がその中を覗きこんだ。