「足の裏のたたみさん(短期連載:3)」


 俺は童貞だったし、彼女は処女だった。お互い初めてだった割には、行為は驚くほど順調に進み、流石に同時にとまではいかなかったが、二人ともそれなりに満足する事はできた。行為の最中に、俺は何度となく彼女が、はじめてはたたみさんに捧げたいのだとか、訳の分からない事を言い出すんじゃないかと思ったが、どうやらそこまでは彼女の病気も進行していないらしく、行為が終わるまでの間、彼女がたたみさんの名前を切なく呼ぶ事はなかった。
 彼女の太腿の付け根を破瓜の血と俺が放った精液とが、薄紅色に混ざって伝っていた。彼女と一つになったという達成感よりも、彼女をもっと自分色に染めたいという独占欲に狩られていた俺は、彼女のその痛々しい姿を見てなんとか自制心を取り戻した。大丈夫かいと彼女に声をかけると、その華奢な腕で視線を隠したまま何も言わずに彼女は頷いた。そしてすぐに、ごめん大丈夫じゃない。一人じゃ立てないや、ちょっと手を貸してくれない、と俺に頼んだ。まだ完全に火照りが抜けていない、薄っすらと滲み出た汗に覆われた彼女の肌。ついつい暴走しそうになる俺の中にある男としての本能をなんとか押さえつけて、俺は彼女の腰に手を回すとそっと抱き起こした。僕の胸に顔を埋めるようにして立ち上がった彼女。上を向いた拍子になんとはなしに目が合ってしまい、俺たちは何も言わずにそっとお互いの唇を求めた。
 抱き起こしてからしばらくしても彼女の足取りは落ち着かなかった。足に力が入らないのだろう、薄茶色にくすんだ壁に肩をつけてもたれかかる彼女に、俺は、そんなに辛いならたたみさんの上にあがらせてもらったらと言った。そんな、友達の上に載るなんてできないよと、彼女はすぐに俺の方に振り返って反応し、そして矢継ぎ早に苦悶の表情を浮かべた。恐らくは急に動いた事で刺激してしまったのだろう。その仕草がとても痛々しくて、友達だからこそこういう辛いときに頼るべきなんじゃないかなと、彼女にもっともらしいアドバイスをした。そうかなぁ、そうかしら。ねぇ、たたみさん、悪いんだけれど貴方の上に載って良いかなぁ。俺を蚊帳の外において、彼女とたたみさんはしばらく話しこんでいたが、結局たたみさんは彼女の為に自分の身体を差し出す事を選んだらしい。すごいね、君の言ったとおりだね、たたみさん辛いなら私の上で眠りなさいって言ってくれたよ。彼女の脳内で作られた生命なのだから、彼女の都合の良い様に動くのが道理だろう。
 しかし、本気で信じている人間に野暮な事は言うまい。そうかいそれは良かったねと彼女に微笑むと、俺はたたみさんの上からケーキを除けて、彼女がもたれかかっている壁の反対側にある襖を開け、布団を引っ張り出し、たたみさんの上に敷いた。布団は思わずむせ返る程かび臭かったが、俺が敷き終わるやすぐに、彼女は飛び込むようにして布団の上に寝転がった。
 ありがとうねたたみさん、またそのうち御礼はするから。そう呟くと、彼女は電池が切れた携帯の様にうんともすんとも言わなくなった。やれやれ、たたみさんにお礼はあっても、俺にはお礼はないのか。彼女に強く信頼されているたたみさんに、俺はくだらない嫉妬心を覚えずにはいられなかった。しかし、彼以外に今の彼女を安心して預けられる相手もまた、いなかった。