「味噌舐め星人の空腹」


 立ち上がった味噌舐め星人は、その後も何回かその扉と格闘したが、結局彼女の非力な力で開ける事はできなかったらしく、貧弱な頭では開錠する方法を思いつかなかったらしく、すごすごと中に入るのを諦めた。何度も入れないかと挑戦するあたり、やはりその環境化学科棟に何かしらの用があったのだろう。遠目にもそうとわかる残念そうな表情からも、彼女の思い入れの様な物が伝わってきた。やはり、味噌舐め星人は環境化学科の学生なのかもしれない。しかしそれだったら、自分の所属する棟の中に入れないと言う事があるのだろうか。正規の方法で入れないにしても、何か裏口めいたものを知っていても良いのではないのだろうか。やはり推測だけではなんとも言えない。今度ミリンちゃんにそれとなく聞いてみた方がいいかもしれない。彼女は、味噌舐め星人というもう一人の妹に関する記憶を、すっかり喪失してしまった俺と違い、詳しく鮮明に記憶しているのだ。彼女ならばきっと、味噌舐め星人が所属している学科についても、知っているに違いないはずだ。
 棟に入る事を諦めた味噌舐め星人は、暫くその前に背中を預けると俯いて途方にくれていた。どうやって時間をつぶそうかという表情にも見えたし、いつもの何も考えていない彼女の様にも見えた。やがて味噌舐め星人は、この環境化学棟に向かったときの様に、突然にぴんと背筋を伸ばすと顔をあげた。そして、これまた先ほど同じように、駆け足にどこかに向かい始めた。今度はいったい何処に行くのだろうかと、俺と塩吹きババアは顔を見合わせ、すぐに味噌舐め星人の後を追った。味噌舐め星人ははぁはぁと白い息を吐きながら校内を縦横無尽に駆け回ると、まったく彼女とは無縁そうな名前が鉄板に彫られた棟――電気機械科棟の前で立ち止まった。環境化学科と違い、さびついた金属の匂いがしてくる電気機械科に、いったい味噌舐め星人はなんのようがあるのだろうか。徳利さんの言葉の様なしっくりとくる関係を、俺たちが独自に見出す前に、彼女はまた先ほどの様に入り口の扉に手をかけると、どうだこうかとばかりに扉を何度も引いた。何度も何度も挑戦した。
 結局、電気機械科にも入れなかった味噌舐め星人は、その後も人文科、経済情報学科、土木建築科と、彼女となんら関係の無さそうな学科を転々とした。そうして結局最後には疲れ果ててへこたれて、この寒い時期にまだオープンカフェなんて小洒落た事をやっている、学食の一角に腰をおろした。そう言えば、家を出る時に財布も何も要求してこなかったが、昼飯はどうするつもりなのだろうか。なんて思っていると、ぐうと味噌舐め星人の腹の虫が離れていてもそれと分かるほど大きく鳴った。同時にばたんきゅうと前のめりに倒れこんだ味噌舐め星人は、立ち上がって学食で食券を買うつもりも売店カップラーメンを買うつもりも毛頭ないように俺の瞳には見えた。
 やれやれ、どこまでも世話の焼ける奴である。俺は塩吹きババアに味噌舐め星人を見張っているように頼むと学食内に併設されている売店に向かった。そしてそこで、200円する大入りのカップラーメンを購入すると、お湯を注いで携帯電話を開いた。時刻は十二時、昼飯にはうってつけの時分だ。ふと俺の背後で、十二時の時報変わりとばかりに酷く大きい腹の虫が響いた。