「足の裏のたたみさん(短期連載:3)」


 じゃぁ俺は良いですよ、たたみさんに俺のモンブランをあげますよ。それで許してくださいよ。何が悲しくて自分の誕生日に、周りがケーキをおいしそうに食べてる中、一人シャンパンをかっくらわなくちゃならないのだろうか。そんな自虐的な事を言えば、少しは彼女もたたみさんから俺に気を向けてくれるかと思ったが、そんな事は微塵もなかった。よかったねたたみさん、モンブランくれるってと彼女は言うと、俺の前から黄土色したモンブランをひょいと皿ごとかっさらい、自分の隣にある畳の上に置いた。どう、美味しいかしら、たたみさん。このモンブラン普通のモンブランと比べて、特別甘いでしょう。ここのお店のモンブランには餡に秘密があってね、栗とサツマイモを混ぜて作ってるの、だからその分とても甘いのよ。はたして栗とサツマイモのどちらが甘いか俺には分からないし、上に皿を置かれただけのたたみさんに味が分かるのかも分からなかったが、たたみに話しかけてうふふと悦に浸る彼女がいよいよもって重症なのは、最早誰が見ても分かる気がした。
 いったいなにが彼女をこんな人間にしてしまったのだろう。どうしてこうなってしまったのだろう。何一つとしてはっきりとしたことは分からないが、それでもその一端はもしかしたら俺にもあるのかもしれない。彼女の彼氏として、俺は充分に彼女に気を配っていたつもりだった。寂しい思いをさせないようにとこまめにメールに返答したり、さりげなく電話をかけてみたりと、考えうる限りの彼氏らしい行動を慣れないながらもが精一杯やってきたつもりだった。けれども彼女と付き合い始めるまでは恋愛経験値ゼロの俺である。どれだけ頑張ってみても、レベル0の勇者は魔王を倒せないように、頑張ったつもりで俺は彼女を充分に満足させる事ができなかったのかもしれない。それで、その心細さを埋め合わせる為にたたみに話しかけるようになったのだとしたら……。だとしたら、俺は彼女を正気に戻させる義務がある。
 ねぇ、ごめんよ、いったいなにが不満なんだい。自分本位な俺のことだから、気づかないうちに君には色々と嫌な思いをさせてるとは思う。けれど、嫌なら嫌ってはっきり言ってくれよ、俺だって君の言葉を素直に受け止められないくらいに子供じゃないつもりさ。だから、そうやってたたみさんにかこつけて文句を言うのはやめてくれよ。ケーキが二つ食べたかったの、それともチーズケーキよりモンブランの方がよかったの。この際だから、それ以外にも俺の嫌な所を言ってよ。君が望むように努力して改めるからさ、ねぇ。
 うーんと彼女は声をあげると、俺の願いを根本的に無視して、ねぇ彼についてどう思うと隣のたたみさんに話しかけた。自分の女に振り回されるなんて世話ねえな、情けない。まるで使い込まれた座布団みたい男だぜ、とたたみさんは彼女に言ったようだった。だよねぇ、けど、私は彼のそういう四角定規な所がすきなの、畳みたいで。それを言うなら杓子定規だと、可愛らしい間違いをした彼女につっこみたかったが、焦ってそうする必要はなかった。
 ねぇ、私、何も怒ってないよ。けど、真面目すぎる貴方にちょっとヤキモキはしてるかも。もっと、強引に、迫ってよ、もうっ。その日、俺と彼女は隣で畳が見守る中、雑誌を敷き詰めた硬いベットの上で始めて一つになった。