「味噌舐め星人の投降」


 それじゃぁ着替えますから、とっととお兄さんは部屋から出てってください。理枝ちゃん、すぐにパジャマを着替えますので、ほんのちょっと少しだけ待っていてください。味噌舐め星人はそう言うや否や、有無も言わさずに俺をまだ朝の寒さがしっかりと残っている部屋の外へと追い出すと、またしても無慈悲に内側から鍵をかけた。そうなってしまっては鍵を持ち合わせていない俺にはどうしようもない。ついでに煙草も持ち合わせていない俺には時間の潰しようもない。仕方がなく、俺は味噌舐め星人が着替え終えるのを、なかなか寒気のひかない身体で、この寒空の下待つこととなった。まったく誰の部屋だと思っているのだろう、風邪をひいたらどうしてくれるんだ。
 はたして、五分ぐらいして彼女と徳利さんが、仲良く肩を並べて部屋から出てきた。それじゃぁお兄さん、私はこれから利枝ちゃんと一緒に大学というのに行って来ます。お留守番をよろしくですよ、浮気しちゃ駄目ですよ。そう言って味噌舐め星人は俺の鼻先に人差し指を突きつけた。だから、女房気取りはまだ早いと、俺は味噌舐め星人の指を鼻から払う。塩吹きババアや徳利さんが見ている前で、こんな事をされてはこっぱずかしくて堪ったものではない。かといって、居なければ良いのかといえば、まぁ、別に構いはしないのだけれども。やはり風邪をひいたのだろうか、顔が少し火照った。
 味噌舐め星人がちゃんと大学につけるかどうか、ちゃんと大学で過ごせるだろうか、ちゃんとアパートに帰ってこれるか気が気でなかった俺は、しばらくして彼女達の後を追うようにしてアパートを出た。初めてのお使いよろしく、彼女達に気づかれぬようその行動を監視するためだ。少しストーカー地味ているかなとも思ったが、バイトまでの時間は充分あったし、かといって他にすることもなかったのでていのいい暇つぶしにはなる。なにより味噌舐め星人が大学でどういう行動に出るかという事に、俺は少なからず興味があった。それはどうやら塩吹きババアも同じようで、同じように電柱の影に隠れつつ、俺の後をついてきた。はたして彼女が味噌舐め星人と俺のどちらの行動を見守っているのかは分からないが。とにかくそういうわけで、結局俺たちは全員で味噌舐め星人が通っているという、国立大学へと向かった。
 オープンキャンパス公開講座などで、何度かその大学構内には入った事があったのだが、二年ぶりに見る校内は随分と俺の記憶の中にあったイメージと異なっていた。校舎は全体的に小奇麗になっていたし、そこらかしこに新しい建物が立っていた。なにより通り過ぎる学生達の格好が、記憶の中にある学生の姿と随分異なっている。流行り廃りというのは、なんとも恐ろしい。そしてそれにもまして、自分が老けてしまったと言う事が残念だった。
 それじゃぁ、私はこっちなのでと徳利さんが言った様に思う。そうですか、じゃぁここでおわかれですね。よかったら、また帰りに会いましょう。と味噌舐め星人が答えたように思う。どうにも離れているので二人の声は聞き取り辛かったが、とにもかくにも二人はそうして、校内にある最も大きな十字路の前で別れた。情報工学科棟と銀板で書かれたビルへと向かっていく徳利さん。対して味噌舐め星人はどうして良いかわからず暫く空を見上げていた。