「足の裏のたたみさん(短期連載:2)」


 彼女の部屋から箒によってたたき出されてはや一週間。気まずさに電話もメールもすることができなかった俺は、七日目にしてやっと彼女からメールが届いた時、気が狂いそうなほど喜んだ。講義中にもかかわらず人目も気にせずに携帯を開き確認すると、メールには先日彼女のアパートのたたみに対して俺が働いた無礼についての憤りがつらつらと書かれてた。しかし最後の最後に五行ほど字下げして、ケーキを買って家に謝りに来るなら許す、と書いてあり、意地っ張りな彼女らしい言葉だと俺は少し幸せな気分になった。
 かくして俺はすぐさま彼女にすぐに行くよと返信し、講義が終わるやすぐさま講義室を飛び出して駅へと向かった。彼女の好きな駅前のケーキ屋で、これまた彼女の好きなチーズケーキとモンブランを購入すると、丁度駅に停車した電車に駆け込んでひと息をつく。かくして俺は一週間ぶりに、彼女のアパートへと向かった。自慢ではないが、俺はあまり記憶力がよろしくない。なので彼女の家への道順も、降りる駅までは覚えていたがその先をどう歩いて行けば良いか分からず、何度か道を間違え間違えほうほうのていで彼女のアパートへとたどり着いた。日が暮れる寸前、寒い時期なのでケーキが生暖かくなる事はなかったが、すぐに行くよと返事をした手前ばつが悪い。どう言ったものだろうかと彼女の部屋の前で思案していると、突然俺の眼を冷ややかな暗幕が覆った。だぁれだと耳元でささやいたのは、ここ一週間何度となく聞きたくなって仕方がなかった、愛しい彼女の声。もったいぶるように俺が彼女の名前を呼ぶと、ゆっくりと視界が開けた。もうっ、待ちくたびれちゃったよ。そう言う彼女の手には、銀紙に巻かれたシャンパンが握られていた。ハッピバースデイ、誕生日おめでとう。どうしたの、そんなキョトンと顔をして。言われて始めて気がついたが、確かに今日は俺の誕生日だった。
 先日お邪魔した時と比べ、彼女の部屋は幾らか片付いているように見えた。彼女の愛しいたたみさんのほかにちらほらと床の見えている部分があり、とりあえず俺たちはそこに腰をおろした。丁度俺たちが座った位置の真ん中に、肘をかけるのに都合の良い高さに本が積まれており、俺と彼女はそこにケーキの箱とシャンパン、プラスチックのコップを置いた。彼女がシャンパンを注いでいる傍らで、俺はケーキの包装を解き、箱の中からチーズケーキとモンブランを取り出すと、可愛らしいパステルカラーをした皿の上に置いた。
 えっ、ちょっと、なんで二個しかないの。シャンパンを注ぎ終えた彼女が驚いた様子で言った。なんでもなにもない、この部屋には二人しか居ないじゃないかと彼女のほうを見ると、テーブルに一つ、彼女の手に二つコップが握られている。なに言ってるのたたみさんがいるじゃない。もう、たたみさんたらこんなに物欲しそうにしてるのに、酷いわ、信じられない。ごめん、ごめん、たたみさんの事を忘れていたわけじゃないんだ。ただ、彼がケーキを好きかどうか分からなくって。せっかく治った彼女の機嫌を損ねるわけには行かず、俺は彼女に合わせてたたみさんに謝った。ええねん、ワシ、畳やさかい。ケーキていう柄やないでなぁ。やから、ケーキ食われへんでも、ええねん。と、彼女は俺を睨みつけながら怨み節を利かせて言った。