「徳利さんは、忙しい学生さんだ」


 元々、根が親しみやすいというか子供っぽい味噌舐め星人である。二・三言葉を徳利さんと交わせば、すっかりと彼女に心を開き、ぺらぺらといつもの調子でくだらない事を喋り始めた。味噌はですね、白味噌もいいですけど、やっぱり赤味噌ですよ。最近味噌汁の作り方を覚えました、あれはたいへんとても簡単で私でも作れます、今度貴方も作ってみたらどうですか。お兄さんはあぁ見えて獣ですから気をつけたほうが良いですよ、男は狼だってミリンちゃんが言ってました。ミリンちゃんというのは私の妹で、モデルさんで、とってもとっても、お人形さんの様に可愛らしいんです。今度あわせてあげます。えっへん。味噌舐め星人のどんな馬鹿げた発言にも、徳利さんは決して声を淀ませず笑顔で応じた。人間ができているというか、はたまた味噌舐め星人と同じで頭が少し変なのか。類は友を呼ぶというのだろうか、同じ大学に通っているだけはあるのかもしれない。もっとも、二人が通っているのは聞けば県内の受験生が震え上がる国立大学なのだが。賢い人間の考えている事は良くわからない。馬鹿と天才は紙一重、と言う奴なのだろうか。
 ところで、貴方のお兄さんから私と同じ大学に通ってるって聞いたんですけど、何学科ですか、学年は、所属ゼミは。味噌舐め星人が喋りつかれた頃合を見計らって、徳利さんがふと聞き辛そうな表情で味噌舐め星人にたずねた。だいがく、大学ってなんですか、それはお味噌と何か関係があるんですか。味噌舐め星人はとても頭の悪い切り替えしをしたが、徳利さんは相変わらず柔和な顔で、そうですね化学系ならもしかしたら関係があるかもしれませんねと答え、ふふふと白い歯を見せて笑った。何を勘違いしたのか、一緒になって笑い出す味噌舐め星人を見て、この二人が揃うといつまでたっても話が進行しないなと落胆した。まぁ、しつこく食い下がられたら食い下がられたで、味噌舐め星人が件の大学に通わず、毎日毎日俺のアパートに引きこもっては、味噌ばかり舐めているのがばれてしまうので、それで良かったが。
 あっ、そうでした、今日は午後から必修の講義があったんです。徳利さんはそう言って、よほど使い込んだのか角の塗装がすっかり剥げきっている携帯電話を取り出し、時間を確認した。そんな事をしなくても、部屋に飾ってある時計を見れば良いだけなのだが。俺が壁に立てかけられた時計を見ると、時刻はちょうど十時前。味噌舐め星人と徳利さんが通う大学へ昼前に到着するには、最寄り駅の電車の時刻的にも、到着時刻的にも、ちょうどいいくらいの時間だった。あの、今日は泊めて頂いただけでなく料理までご馳走になって、本当にありがとうございました。後日また改めてお礼に参りますね。そう言って徳利さんは立ち上がると、忙しそうに玄関に向かいドアノブに手をかけた。しかし、ドアノブを半分ほど回した所で、何を思ったかふっとこちらを振り返り。そうだ、もしよかったら一緒に大学行きませんか、と味噌舐め星人に尋ねた。あっ、学科が違うなら授業も違いますね、ごめんなさい、私ったら早とちりして。そう言うと徳利さんは残念そうに俯いた。行かせてやりたいのは山々なのだが、何せ学年も学科も分からない。無理だろうと俺が言おうとするのを遮って、行きますと味噌舐め星人が元気に返事をした。