「味噌舐め星人の徳利」


 別に連れ込んでやしない、こいつが勝手に俺の後をついてきて、勝手に家の前で気を失ったから、しかたなく泊めてやっただけだ。味噌舐め星人の女房気取りな態度に内心苛立って居た俺は、それを隠すこともせずいつになく強い口調で彼女に言った。すると、味噌舐め星人がうろたえている間に、自分に言われているのかと勘違いした酒呑み星人が、ごめんなさいごめんなさいと平謝りに謝ってきた。すぐに帰りますから、すぐに出て行きますから、ごめんなさい。泣きべそをかきながら立ち上がった、彼女は靴も履かずにすぐにも部屋から飛び出さんばかりの形相だった。別にそれでも構わないのだが、とは、流石にそこまで冷徹になれないし、そんな別れでは後味も悪い。それはどうにも味噌舐め星人も同じ思いだったらしく、俺たち二人は酒呑み星人をなんとかなだめすかし、とりあえずは落ち着かせた。意図せずそろってついた溜息を、ただ傍観していただけの塩吹きババアがせせら笑った。
 とりあえず、それで味噌舐め星人の酒呑み星人に対する警戒のようなものはとけたらしい。貴方、いったい誰ですか。お兄さんとどういうお知り合いですか。お兄さんは私とミリンちゃんとお姉ちゃんのものですから、もう分けてあげられませんけど良いですか。いつから俺は彼女達の所有物になったのかとんと覚えがないが、味噌舐め星人はそんな質問を酒呑み星人に浴びせた。酒呑み星人はといえば、そんな味噌舐め星人のどうでもいいような質問に対しても、律儀に愛想良く対応し、私は酒徳利枝といいます、貴方と同じ大学に通っているんですよ、お兄さんとは居酒屋で知り合って、ちょっと迷惑をかけてしまって、えぇ、お兄さんみたいな人は、その、悪いんですけどちょっと私の好みでは、と答えた。俺も別にアンタみたいに酒癖の悪い人は好みではない、皮肉の虫が騒いで喉からでかかった言葉を飲み込んで、俺は心配そうにこちらを見返す酒呑み星人――改め徳利さんに目配せした。
「やれやれ、残念だのう。降られてしまいおった、この甲斐性なしめ」
 なんで甲斐性なしになるんだよとすかさず問うと、浮気は男の甲斐性と塩吹きババアが笑って言った。だから、まだこいつとは結婚していないだろうと言うと、えっ、家族で結婚ってできましたっけと、不審の目を徳利さんが俺に向けた。これは昼ドラマ的な発想で、俺たちの関係を疑っているのだろう。だから、こいつの言っている事は与太ですから気にしないで。俺は徳利さんにフォローを入れると、徳利さんの言うとおり兄と妹は結婚できないもんなの。それくらいお前でもわかっているだろうと、塩吹きババアに言った。
「……そう、だのう。確かに、この国の法律では兄と妹は結婚できんのう」
 なにを今更納得しているのか、塩吹きババアはそんな事を小さな声で呟くと、俺から目を逸らし、箸の突き刺さったご飯を凝視した。なぜそんな態度になるのか分からないが、とりあえず静かになったので良しとしよう。
 そうですか、お兄さんとはなんでもないんですね、なら安心です。味噌舐め星人はそう言うと、始めて徳利さんに微笑んだ。けどけど、お兄さんは許してあげません、お兄さんは反省してください。なんでそうなると思う俺の背中で、ほんに女心の分からぬお兄ちゃんよのうと誰かが小さく言った。