「店長、告白する、そして失恋する」


 別に酒なんて呑みたくなかったし、彼の相談に乗ってやる義理も俺にはなかった。ただし義理はないが、仕事上の付き合いというものを考えれば、上司の機嫌をとるのは半ば義務とも言える。加えて、晴れて先日から数少ないコンビニの正社員となった俺には、彼の突然の誘いに抗う手段などなく。こうして俺と店長は、再びあの物悲しい居酒屋「つぶれかけ」へと連れ立って足を運ぶ事になってしまった。シフトを考慮して、今日は帰るのは遅くなるので先に寝ておけと、留守番する味噌舐め星人に言付けておいたのは正解だった。しかし、店長に奢って居酒屋で呑んでいたといえば、食いしん坊の彼女の事である、きっと握りこぶしを作って怒るにちがいない。もっとも、非力な彼女に殴られた所で痛くもないし、逆にほどよく心地よいだけなのだが。
 今日は二人なので座敷ではなくカウンターで飲むことになった。二度と来る事は無いだろうと思って居た居酒屋つぶれかけは、最初に来たときよりは幾らか小奇麗になっている感じがした。どこがどう小奇麗になったかを取り上げて指摘するのは記憶も曖昧なので難しいが、ただ、この前来た時と違い人に物を食べさせようという心が、今日のつぶれかけからは感じられたのだ。ただし肝心の料理人は相変わらずの様子で、俺たちが中に入った時も、カウンターの中で紫煙を燻らせながら、くたびれたスポーツ新聞を読んでいたが。
 枝豆がレンジで温められるのもそこそこに、俺たちはビールと日本酒で乾杯した。店長はいつになくハイペースで、いつもなら熱燗を頼むのに今日は冷酒を煽っていた。続けざまに三杯おちょこで飲み干した店長は、行灯の様に顔を真っ赤にすると俺の方を向いた。ねぇ、どう思う、どう思うよ君は。彼女ったら全然そんな素振り見せないからずっとフリーだと思ってたんだ。彼女ってば僕に優しくしてくれるから、もしかしたら気があるんじゃないかと思ってたんだ。なのに付き合っている人が居ますだって。勇気を出して告白したら、冷蔵庫の裏からゴキブリでも飛び出してきたように顔を引きつらせて、ごめんなさいだって。なにそれ、僕はゴキブリってことなのかい。なんでそれなら優しくしてくれたのさ。ゴキブリなんかに優しくするかい、するわけないよね。もしかして優しくしてくれたって、それすら僕の勘違いってこと。酷いや、惚れっぽいっていう自覚はあったけれど、まさかここまで僕がニブチンだなんて。全然、思わなかったよ。あははは、酷い話だよね。
 惚れっぽいという自覚する程度には店長が常識を持ち合わせていたことに、俺は鼻でふぅんと空返事をする程度に驚いた。正直な話をすると、彼女――本名を出すのはまずいので借りにアルバイトA子としよう。そのアルバイトA子に彼氏が居る事は俺は前々から知っていたし、彼女が店長のいない所で陰口を言っているのも知っていた。清純そうな顔の裏腹、やる事はしっかりやっているのも知っていたし、彼女の彼氏がヤンキーなのも知っていた。女の子は怖いなと心の底から思ったのは、後にも先にも、アルバイトA子とその彼氏に偶然街で出会った時だけだ。そんな彼女に勝手に熱を上げて、勝手に撃沈した店長は見る目がないとしか言いようがないのだが、正直同じように一時期A子の事を良いなと思っていた身としては、可哀想でもあった。