「味噌舐め星人の郷愁」


 気持ち悪そうなミリンちゃんを背中におぶった俺は、味噌舐め星人と夕闇に染まる住宅街を歩いていた。都会の住宅街は俺たちが暮らしているような場所とは異なり、びっしりと家と家とがほんの少しの隙間もなく隣り合っているような場所だった。見ているだけで息が詰まりそうだ。そんな事を考えながら、俺と味噌舐め星人は駅へと続く坂道を手を繋いで歩いていた。
 お兄ちゃんさん、もっとゆっくり歩いてください、いや、歩け。どんなに体の調子が悪くてもミリンちゃんは、俺に対するその不遜な態度を変えはしなかった。そんな意地っ張りなミリンちゃんを俺はやっぱり煩わしく思ったのだが、同時に背中で震える彼女に少なからず父性本能を擽られて、結局彼女の為に歩くスピードを少し緩めた。小さく細い腕を俺の首に回し、俺の胴に華奢な足を絡めて、ミリンちゃんは俺の背中に負ぶさっていた。こうして彼女を背負える日がまた来るとは、正直なところは俺は思ってもみなかった。
 いいですね、ミリンちゃん良いですね。貴方におぶってもらって、とてもミリンちゃん楽そうです。良いですね、羨ましいです、私も負ぶってもらいたいです。いい歳して何を言っているんだと、俺は味噌舐め星人の額を指で弾いた。だから揺れるからそういうのは止めて欲しいって言っていますと、ミリンちゃんが俺の頭を思い切り良くどついた。やれやれ、どうにもこの二人が居ると調子が狂ってしまう。完全に彼女達のペースに嵌められてしまう。確り物のミリンちゃんと、どこか抜けている味噌舐め星人は、性格や容姿などは似ていなかったが、どうにも俺を振り回すという事については、二人とも同じくらいに良く出来ていた。思い起こせば今日は色々とあったが、この二人のうちどちらかが居なかったならば、もう少しは疲れずにすんだかもしれない。いや、そういう事を考えるのは止そう。なんといっても二人は俺の大切な家族なのだから、たった二人の俺の血の繋がった妹なのだから……。
 なんですか、さっきから私の顔を見て。私の顔になんかついていますか、お味噌でもついていますか。気づかないうちに味噌舐め星人を見つめていた俺は、顔を慌てて背けるとなんでもないよと彼女に言った。味噌舐め星人は少し不思議そうにしていたが、やがて何事もなかったように呑気に童謡かなにかを歌い始めた。腕をふりふり歌う彼女は、とても楽しそうで、とても無邪気で。その姿を見ていると、何か懐かしい物が、懐かしい想いが、俺の中に溢れ出てくるような、湧き上がってくるような、そんな気がした。いつの間にか、背中で唸っていたミリンちゃんが、味噌舐め星人と一緒になって童謡を歌っている。いつのまにか、俺もその同様を口ずさんでいる。俺たち三人の兄妹は、夕焼けに染まる住宅街の中をそうやって駅まで歩いて行った。訳も分からず俺はそれがとても懐かしかった。俺の中にある何かが、その光景を知っているようだった。けれども、それがいつであったか、どこであったか思い出せない。懐かしさともどかしさの狭間にあって、俺は少しだけ自分が今どこに居るのか、何をしているのか、何者なのか分からなくなった。
 はたして味噌舐め星人は何者なのだろうか。考える俺の横で、浮気は駄目ですよ、浮気は許しませんと、味噌舐め星人は突然に真剣な声で言った。