「砂糖女史の瞳孔」


 初対面の人間にそんな眼で見られるいわれはなかったので、メイド喫茶のオーナーに見下されるいわれはなかったので、そもそも俺はお客様だったので、お前こそなんなんだよ、オーナーだかなんだか知らないが客に向かって失礼だろう、と俺は酢堂にそっけなく言い返した。酢堂は言われて初めて自分の傍若無人な振る舞いに気がついたらしく、ばつが悪く俺から顔を背けるとネクタイを締めなおした。失礼、そうだね、君はお客様だったね。どうにも僕は雅さんの事となるとつい取り乱してしまってよくない、悪かった。悪かった、悪かっただって、そんな事はこっちはとうに分かっているのだ。そんな謝り方があるだろうかと、俺は酢堂の言葉を無視した。もっとも、ちゃんとした謝罪の言葉が出ても俺は彼の言葉を無視しただろうが。どうも俺はこの酢堂という、歳の割りに成功を収めている感じの男が、気に食わなかった。そんな男がメイド喫茶を経営して成功しているというのが腹立たしかった。なによりその喋り方、態度に好感が持てなかった。こいつと比べれば、まだうちのコンビニの店長のほうが、人間じみていて幾らか好感が持てた。
 私の名前は酢堂、酢堂守という。今は色々あってこのメイド喫茶のオーナーをやっている。雅さんとは家族ぐるみで、お付き合いをさせていただいている。君は……、いや、君がもしかして雅さんを店まで連れてきてくれたのかい。酢堂は俺の名前も聞かずに単刀直入に話を進めた。俺の名前など覚えた所でどうという事はないと思ったのだろう。もしくは、麗しの砂糖女史を自分に代わって連れてきた男の名など知りたくはなかったのだろう。意地の汚さが透けて見えるぜと、俺は鼻で彼を笑った。何がおかしい。プライドの高そうな酢堂が眉間に青筋を立てて俺に言った。なに、なんでもない、ちょっと鼻が詰まっていてね、不快に思わせたならすまない。俺は酢堂に微笑んだ。
 なにはともあれ、ここまで砂糖さんを連れてきてくれたことには感謝している。砂糖さんのような繊細な人はあまり外を一人で歩かせちゃいけない。ただでさえ、今、砂糖さんの家は……、おっと、君のような第三者に、立ち入った話をしても分からないね。すまない忘れてくれ。それは自分と砂糖さんの親密さをアピールしようとしたのか、それともただ単に思考が口をついて出ただけなのか。砂糖女史の事を病的に心配しているらしいことは分かったが、他人の家の事を軽薄に人に漏らす軽々しさも分かった。総じて俺はこの男に馬鹿の烙印を押した。それで、君は砂糖さんとどういう関係なんだい。
 電車の中でたまたま同じ席に座った中さと、素直に言ってしまうのがこの時ばかりは気が引けた。このいけ好かない思いあがった馬鹿野郎の鼻をあかしてやりたかったし、彼の腕の中にある物憂げな瞳の砂糖女史を助けてやりたかった。けれども、彼女の彼氏を演じるには、少し無理があるだろう。
 なにね、同好の志って奴さ。彼女と同じで俺も小説が好きでね。その伝で彼女とは出会ったんだ。途端、酢堂の顔色が変わった。そうか、そうでしたか、砂糖さんのご友人でしたか。いや、それは、私としたことが失礼しました。よろしければ、是非お名前を教えていただきたい。手のひらを返すように不気味な笑顔を浮かべる酢堂。彼を横目に、俺は涼しげに水に口をつけた。