「味噌舐め星人と急行」


 別に近場にあるユニクロに行っても良かったのだが、せっかくの休日なので遠出をすることにした。バイト先のコンビニエンスストアで金をおろし、顔見知りのアルバイトの子に挨拶し、店の奥でマガジンを読んでいる店長に真面目に仕事しろと嫌味を言って、俺と味噌舐め星人は駅に向かった。
 残念ながら今日は醤油呑み星人はバイトでなかったらしい。十時過ぎの駅前は人通りも疎らで実に閑散としていた。先日の醤油呑み星人の姿を思い出したのか、はたまた味噌屋さんを探しているのか、きょろきょろとせわしなく味噌なめ星人は首を振っていた。そんな、なんとも子供染みた彼女の手を引いて俺はJRのきっぷ売り場へ向かうと、四枚つづりの特別切符を買った。
 その特別切符を使うと、ほんの少しだけれども安く隣県の都市にいけるのだ、それも――指定席ではないが――急行で。片道毎に一枚切符を使用するので、二人で使うのには丁度よい。もっとも、小学生料金で乗れるとそれが一番安く上がるのだが。ここはいったいなんですか、変わった所ですね、いったいなにをするつもりなんですか。どうやら駅には初めて来たのだろうか、四方八方に眼をやり指差しては子供の様にはしゃぐ味噌舐め成人を見て、俺はそんな事を思った。こんな頭の中身が小学校低学年な味噌舐め星人でも、外見だけは立派に可愛い美少女なのだから仕方がない。とりあえず、彼女が首を振るたびに長い黒髪が当たって痛いので、落ち着け、と俺は彼女の首ねっこを掴んでぐっと押さえた。くぐもった声で、あい、と彼女は返事をした。
 平日なので電車は随分と空いていた。むしろがら空きと言ってよかった。どうにもJRという奴はここいらでは人気がないらしい。俺たちは、人が居ないのを良い事に、四人座れる向かい合った座席を占有した。味噌舐め星人を進行方向に向かった窓側に座らせ、俺はその斜め前に腰を降ろす。あれあれ、景色を見なくて良いんですか、と味噌舐め星人が聞いてきたが、生憎そういう気分じゃなかった。俺は出掛けに上着のポケットにつっこんできた、文庫本――俺が子供の頃から好きな作家の事実的遺作。彼はこの小説以後、どこの出版社にも小説を書かせてもらえなくなったのだ――を広げると、はしゃぐ味噌舐め星人をまるきり無視して、小説の世界にしばし浸った。
 そうやって何分ほど経過しただろうか。何分ほど味噌舐め星人は大人しく、色とりどりに移ろう窓からの景色に感嘆していただろうか。突然に、味噌舐め星人は俺の肩を揺すった。これって凄く退屈です、退屈でとっても疲れます。味噌舐め星人はそう言って俺を強く揺すった。味噌舐め星人の相手をして疲れるのは嫌だったので、まぁそう言うなよ、すぐに駅にはつくからさ、と俺は適当な事を言って彼女を無視した。確かに電車は十五分おきに駅にはついたが、目的の駅に着くには、終点に到着するには、まだ一時間はあった。
 電車が駅に止るたび、ねぇ、ここですか、ここで降りるんですかと味噌舐め星人は俺に聞いてきた。しつこく、何度も、何度も。実は俺が誤魔化したのに気づいているんじゃないかと思うほど、味噌舐め星人は俺にしつこく尋ねてきた。やれやれ、適当なことは言うもんじゃない。今さら後悔しても遅く、ここには味噌舐め星人の機嫌を直すのにうってつけな、味噌はなかった。