「味噌舐め星人の休日」


 その日は終日仕事はなかった。日中の仕事も夜勤の仕事、明日の朝一の搬入の仕事も、24時間綺麗さっぱりなにも入っていない日だった。今のバイト先では、一月に一度か二度そういう日があり、俺はここぞとばかりにその日に映画だとか小説だとか、そういう物に没頭して一日を過ごした。彼女も友達も居ない俺には他にやりたいと思うこと・やれることはなかったし、せっかくの休日にわざわざ疲れるような事をしたいとは俺には思えなかった。
 けれども味噌舐め星人が休日にしたいことは違ったようだ。味噌汁を食べ終えた俺に、彼女はしきりにどこかへ出かけようとしつこく誘った。
 ねぇ、行きましょうよ、美味しい味噌屋さんに連れてってくれるって言ったじゃないですか。ねぇ、どこかに行きましょうよ。せっかくお天気も良いのですから、どこかに出かけないのは損ですよ。家の中でくさくさしててもしかたないですよ。味噌舐め星人はあの手この手で俺の視界に入り込んで、俺の聴覚を刺激して、俺をなんとか外へと連れ出そうとやっきになっていた。
 あまりに味噌舐め星人が諦めないので、いいかげんにしろよ、休日なんだからゆっくり休ませてくれよ、と俺はほんの少し声を荒げて言った。すると、味噌舐め星人はいつもの調子で萎縮して、しょんぼりと残念そうな顔をして俯き部屋の隅で足を抱えはじめた。こんなとき、塩吹きババアがいてくれれば、毒の効いた嫌味の一つでも言って気を紛らわしてくれたかもしれない。けれどもなぜかこの日、塩吹きババアは俺の部屋に現れなかった。なので俺は味噌舐め星人の面倒臭い部分と真っ向から勝負しなければならなかった。
 結論から言えば、俺は味噌舐め星人の要求を飲まされた。味噌舐め星人はもうすっかりとぐずり方のコツを覚えたらしい。やれやれと、俺は先ほどの物悲しげな表情から一転して、憎たらしいほどに嬉しそうな笑みを浮かべた味噌舐め星人の頭をなでた。やめてください、子供じゃないんですよ、子供じゃないんですから。子供の様なやり口で俺に要求を認めさせたくせに、味噌舐め星人はそんな事を言って俺に抗議した。却下と口で言う代わりに、俺は彼女の訴えを鼻で笑うとよりいっそう彼女の頭を優しく撫でた。
 しかし、問題は近くに美味しい味噌屋さんなどないという事だ。市役所に同行させるため、口からでまかせに出たその言葉を、味噌舐め星人はすっかり信じ込んでいるようだった。だが、ない物はないのだ、仕方が無いだろう。俺だって何とかならないかと八方手を尽くした。タウンページを引いて、インターネットで検索して、図書館で食道楽の雑誌を読んで、近くに味噌屋がないものかと調べてみたのだ。しかし、どれだけ探しても俺の住んでいるこの裏寂れた町に、味噌屋の存在を示す情報は見つけることが出来なかった。
 タートルネックジーンズとすっかりと準備の完了した味噌舐め星人は、玄関で早く早くと俺をせかした。ジャージからジーンズと柄のない黒いTシャツに着替えた俺は、表面がもこもことして温かい上着を羽織り味噌舐め星人と共に外に出た。外気が少し肌寒く感じられる。見れば味噌舐め星人も、少し寒そうに顔をしかめていた。それでもう、今日彼女とどこへ行くかは半分以上決まってしまった。やれやれ、それにしてもここ数日出かけてばかりだ。