「味噌舐め星人の迷走」


 あ、それ、とっても美味しそうです。そっちの、それ、なんて料理ですか、凄く美味しそうです。むっ、むっ、むぐむぐ、美味しそうです、それちょっと、ちょっとだけで良いですから分けてくれませんか、ちょっとだけ。味噌舐め星人は俺の前に味噌料理が運ばれてくるたびにそんな感じに俺に料理をせびった。はいはいわかってますよと、俺は料理が届くたびに彼女の取り皿を引き寄せて、俺の皿から二・三個を取り分けて返してやった。彼女は皿を受け取ると、メニューを横目に美味しそうに料理を頬張った。行儀が悪いなとは思ったが、まだ一つも注文してやしないのにそんなことを言ってやるのは可哀そうだったので、俺は味噌舐め星人のしたいようにさせてやった。
 ねぇ、君の妹さんはぁ、味噌料理ら好きなのらい。いい感じに赤くなっている店長が俺に聞いた。そうですね、あいつは味噌料理が好きですね、基本なんでも食べるいやしんぼうですけれどと、俺は素直に答えた。ふぅんと店長はなんでもない感じに鼻を鳴らして、すっかり冷え切ったとっくりの日本酒をお猪口に注いだ。俺の記憶と目測が確かならば、店長の手の中のとっくりにはまだ半分ほど酒が残っている。店長はあまり酒には強くないらしい。
 なんでも食べるいやしんぼう。へぇ、あの子、味噌以外にも食べれるようになったんだ。一方で、店長の対面に座っている醤油呑み星人はザルだった。醤油呑み星人の癖して、醤油以外の物を呑むのはこれいかに。ビールに始まり、日本酒、焼酎、ウィスキーと、アルコールの度数を上げて、更にはペースまであげて呑み進めていく。なのに顔色は変わらない。まるでジュースでも飲んでいるかのように、水かお茶でも飲んでいるかのように、醤油呑み星人は酒を呑んでいた。はたして、店長の財布で足りるだろうか、少し不安だ。
 しかし、いつまでそうやって悩んでるつもりよ。さっさと注文くらい決めないよね。ほら、食べたいものくらいあるでしょう。醤油呑み星人は、隣の味噌舐め星人を肘で小突いてせかした。うー、うー、待ってください。待ってください、だって、だって、どれも美味しそうですから。あれも、これも、全部全部美味しそうで、どれか一つになんて決められません。どれか一つでなくても決められません。うーん、うーん。味噌舐め星人は、そう言って小皿の上の納豆味噌煮箸を伸ばした。よそ見しながら摘んだせいで、箸から皿へと無数の糸が空中を舞った。やれやれ、行儀の悪い奴だと、俺は味噌舐め星人が飛ばした納豆の糸を、醤油呑み星人から貰ったティッシュで拭き取った。俺の気遣いなぞつゆしらず、これはこくがあって美味しいお味噌です、ちょっと臭いですけれど美味しいです、と味噌舐め星人は満足げに笑う。
 世話のかかる奴でしょうと醤油呑み星人が言った。軽く彼女が味噌舐め星人の頭をぶつと、あうと小さな声で味噌舐め星人が呻いた。まったくだと、俺は素直に醤油呑み星人の言葉に同意した。なにが世話がかかるって言うんですか、失礼です、やっぱり貴方は失礼です。久しぶりに味噌舐め星人が俺に突っかかってきたが、そんな事より早く注文する内容を決めましょうねと、俺は味噌舐め星人の頬を膨らませながらの訴えを軽くテキトーにあしらった。
 決めました、これにします。味噌舐め星人がメニューの端を指差した。