「味噌舐め星人の注文」


 俺たちが料理の出来の悪さにガッカリとしている中、味噌舐め星人はまだ「居酒屋つぶれかけ」のメニューと格闘していた。なんでも頼んでもいいといわれても、味噌舐め星人は何を頼んで良いのかわからないようだった。これは味噌料理ですか、それとも違いますか、だとかまったく味噌料理じゃない品書きを指差して、これは味噌料理でしょう、美味しいですか、とか俺にこまめに聞いてきた。そうこうして味噌舐め星人は、俺と店長と醤油呑み星人がぞれぞれ注文した品がテーブルに出揃うまでメニューと格闘していた。
 あ、あ、それおいしそうです、それおいしそうですね。俺のどて煮を指差して味噌舐め星人は言った。確かにどて煮は味噌料理だった。ミノを主としたホルモンにこんにゃくを混ぜ味噌で甘辛く煮立て、そこにたっぷりの七味をかけて食べる味噌料理だった。子供が食うにはちょっと特殊な、いわば酒のつまみと言う奴だった。俺は、そんなに美味いものじゃないよと、味噌舐め星人に言った。どて煮を食うには味噌舐め星人にはまだ早いというニュアンスと、ここの料理は案外に大した事ないよという意味を込めて言った。事実、テーブルの上の出来合いのどて煮――あるいはレトルトのどて煮かもしれない。ホルモンもこんにゃくも不必要に柔らかかった。酒の肴にしてはそれらは随分と柔らかすぎた――はたいして美味しくなかった。けれども、俺が幾ら言っても味噌舐め星人はずっと俺のどて煮から視線を逸らさなかった。
 やれやれ。俺は板前に取り皿を一つくれないかと頼んだ。板前は相変わらずぶっきらぼうに返事を省略すると、子供用じゃないちゃんとした器を持って来てよこした。それでもその器は、百円ショップで売ってそうな食器だった。俺はその器に目の前のどて煮からいくつかを箸で摘まんで盛ると、味噌舐め星人に渡した。七味唐辛子をすでに俺が食べる時にたっぷりとかけていたので、なるたけホルモンとこんにゃくは下の方から抜き取ったが、やはりどうやっても少しは辛子がついてしまう。甘党な味噌舐め星人はとても辛そうに、けれどもちょっとだけ幸せそうに、俺のどて煮を頬張った。
 美味しかったです。ここのお店は美味しいですね、気に入りました。結局おかわりを重ね、俺が頼んだどて煮の大半を食べてしまった味噌舐め星人は、喜色満面で見てて気持ちいいほどの表情でそう言った。気に入っていただけてなによりと、熱燗ならぬ温燗一杯ですっかりと出来上がった店長の口元が綻んだ。気に入ったと心の底から言っていただけなによりですと、俺と醤油呑み星人はなんとも言えず安堵した。テーブルの上には、俺たちの頼んだ料理が随分と残っていたし、各々のビールだってまだ半分も残っていた。まだまだ、お開きには程遠い。俺は、ほれお前はそろそろ何を頼むか決めたのかと味噌舐め星人に聞いた。あぁ、そういえば、まだ頼んでいませんでしたと、彼女は思い出し、いそいで献立を開いた。そうしてまた、味噌舐め星人は献立を凝視して、注文する料理を吟味し始めた。そうこうしているうちに、俺たちは二回目の注文に入った。「居酒屋つぶれかけ」の料理は、出来合いのお惣菜ばかりだが、飲むためには箸をつける物が必要だった。なので、まだ注文を決めれない味噌舐め星人のために、俺は味噌料理を幾つか注文した。