「醤油呑み星人の勧誘」


 醤油呑み星人の足元にはポケットティッシュが入っているダンボール箱があった。確かに彼女の言うとおり、それはもう少しで配り終えれそうな量だったし、詰まっていると言うには少なすぎる量だった。醤油呑み星人はどうやら随分と頑張っているらしい。協力してやるよ、一つくれないかと俺が言うと、醤油呑み星人はちょっと嫌そうな顔をして俺にティッシュを投げて寄こした。どう考えても客に対する態度ではなかったが、俺は堪えた。ティッシュの裏には最近テレビのCMで派手に宣伝している金融会社のロゴと、貸付の最低金利に偽善染みたキャッチコピー、そして相談窓口の電話番号が書いてあった。別にそこに書いてあるどの事項にも俺はたいして興味はなかった。
 ねぇ、君、こちらのお嬢さんはどちらさん。俺の背中を手で小突いて、声を潜めるようにして店長は俺に聞いた。こちらのお嬢さんは、まぁ、妹の知り合いでして。と、俺は店長に言った。実際どんな知り合いかは、俺は彼女達の過去を知らないので言いようがない。なので、知り合いって大学の同級生とかかい、と店長が俺に聞いてきたのでたぶんそうだと無責任に答えた。
 バイトですか、お仕事ですね、それは大変ですね、おつかれさまです。感心している味噌舐め星人に、誰のせいで大変な目にあってると思ってるのよと、醤油呑み星人は皮肉めいた表情をして言った。そういうあんた達はなんなのよ。夕方とはいえまだ仕事が終わるには早いでしょう、よっぽど暇な仕事をしているのね。ねぇ、そんなんでアンタはこの底なしの食いしん坊を養っていけるの。どうせ追い出すなら、早い方が良いわよ。醤油呑み星人は、俺に何をしているのかも、何の仕事をしているのかも答える暇を与えず、味噌舐め星人を追い出すように話を仕向けた。どうやら、よっぽど醤油呑み星人は味噌舐め星人のことを追い出させたいらしい。なぜそこまでして味噌舐め星人のことを俺に警告するのか。いまひとつ俺には彼女の真意が掴めない。
 平日暇してるって事はな、休日が休日じゃないって事だよ。俺は醤油呑み星人に言った。なるほどと、醤油呑み星人はそれで納得してくれたらしい。あんたも似たような仕事してるってわけ。ふぅん、若いのに大変ね。醤油呑み星人は少し憐れみを込めたような感じで俺に言った。はっきり申し上げて、同じような境遇の彼女に憐れに思っていただくいわれはない。けれども、それはお互いさまだった。なので俺は、それはお互いさまだ、と彼女に言った。彼女もそう思ったのか、あえてそれ以上は何も言わなかった。
 ねぇ、君、君ももしよかったら一緒にご飯を食べに行かないかい。話の流を華麗に引き裂いて、店長は醤油呑み星人に言った。仕事中だからどこかに行けと言っているにも関わらず、童貞店長は女の子を食事に誘った。一拍おいいて、誰、こいつと、醤油呑み星人は味噌舐め星人を差し置いて俺に店長のことを聞いた。俺が答えるよりも早く、僕は君の友達のお兄さんが働いている会社の社長だよ、今日は僕の奢りでこれから呑みに行くところなんだと、醤油呑み星人に説明した。コンビニの店長をやっているとは、店長はなぜか言わなかった。それがはたして見栄なのか、ただなんとなく言わなかっただけなのかは俺には分からない。けれども、醤油呑み星人は、へぇと言った。