「醤油呑み星人の再会」


 その見知った女は駅前にある銀行のショーウィンドウを背にしてスクランブル交差点に立ち、道行く人々にティッシュペーパーを配っていた。不機嫌に吊り上げた眉と目を黒ぶちの眼鏡の中に収め、醤油のような色をした髪をポニーテールに結い上げた彼女は、先日大型スーパーで出会った醤油呑み星人だった。醤油呑み星人は不機嫌にそれでいてどうにもしぶしぶといった感じに、駅前でティッシュ配りのアルバイトをしていた。赤の他人の家に妹として寄生している誰かさんと違い、醤油呑み星人は生きるのに必死なようだ。
 どうしたんですか、どうしたんですか、何か面白いものでも見つけたんですか。あっ。俺が何も言わずにじっと明後日の方角を見つめているものだから、味噌舐め星人も気になったらしい。そしてすぐに醤油呑み星人の姿を見つけたらしく、彼女は少し嬉しそうな表情をして突然駅前へと駆け出した。置いてきぼりにされた俺と店長はどうして良いか分からず、とりあえず味噌舐め星人をそのままにしておくのも危なっかしいので、別段特にやりとりをするでもなく自然と味噌舐め星人の後を追う運びとなった。
 こんな所でなにしてるんですか、ねぇ、なにしてるんですか。醤油呑み星人は突然の味噌舐め星人の来訪に戸惑った表情をした。バイト中に小中学生の同級生が現れたときの様にびっくりしていた。コンビニやファーストフードならマニュアルに沿ってそういう個人的な知り合いも客として捌けるだろう。けれども、路上のティッシュ配りにおいてはそうはいかない。道行く人たちを捕まえて、半強制的に広告入りティッシュとを押し付ける仕事というのは、相手に客としての自覚を伴わせない。故に、販売行動における予測を立てられずマニュアルを立て辛い、のではと俺は思う。実際には、困った客に対する対処マニュアルみたいなものもあるだろうが、とにかく客側の出方に大きく作用される受身な仕事には変わりないはずだ。よくこんな仕事をやる気になったなと俺は思った。醤油呑み星人に俺はちょっと感心した。
 なんでアンタこんな所にいるのよ。あぁもう、なんで私を見つけるのよ。見て分からない、ティッシュ配りよティッシュ配り。道行く人にティッシュを配っているのよ。なに、アンタもティッシュが欲しいの。味噌舐め星人は要りませんよとばかりに首を大きく横に振った。なんでティッシュを配るんですか、ティッシュを配ると何か良いことがあるんですか。味噌舐め星人は自分の箱入り娘ぶりをいかんなく発揮し、醤油呑み星人にそんな質問をした。やれやれ困ったものだと俺が頭を押さえると、やれやれ困ったものだと醤油呑み星人が頭を押さえた。少しだけ俺は醤油呑み星人に共感を覚えた。
 バイトだからに決まっているでしょう。ほら、あと少しで仕事終わるんだから邪魔しないでよ、しっ、しっ。おいおい、いくら嫌いだからって、そんな風に邪険に扱ってやる事はないだろう。俺は味噌舐め星人しか視界にない感じの醤油呑み星人に言った。醤油呑み星人は、犬猫でも見るような目でこちらを見返して、あぁ、アンタも一緒だったのと俺に言った。そういう風に見られても、そういう風な態度を取られてもしかたない事を、俺は過去に彼女に働いた。なのでまぁ、俺に関してはそれもしかたないかなと思った。