「味噌舐め星人の膝枕」


 気が付くと味噌舐め星人は俺の膝の上で眠っていた。味噌舐め星人はとても心地良さそうに寝息を立てて眠っていた。泣きじゃくって疲れてしまったのだろうか。疲れるほど涙を流すことができる味噌舐め星人を、俺は素直に若いなと思った。そんな風に泣けなくなって、もう随分と長いような気がする。なんて、かっこつけた事を言いたくなったのは、太腿にかかる彼女の吐息がどうしようもなくむず痒かったからだ。どうしたものかなと、俺は誰に見せるでもなくはにかんだ。けど、あまりに味噌舐め星人が心地良さそうに寝ているもんだから、暫くはこうしてやる事にしようと、俺は思った。
 思った矢先に携帯電話が鳴った。俺の携帯電話は滅多な事では鳴らないのだが、その時に限って突然に鳴ったのだ。おいおい、せっかく心地よく味噌舐め星人が眠ってるんだから、静かにしてやれよ。俺はすぐさまジーンズに突っ込んでいる携帯を取り出すと、通話ボタンを押下した。相手の名前も確認せずに押下した。確認していれば、かかってきた相手が奴だと知っていれば、無視する事もできたのに。とにかく俺は携帯電話のボタンを押下した。
 君ねえ、ちょっと困るよ、勝手に休んでもらっちゃ。こっちだってね、皆の都合を考えてシフト立ててるんだから。ちゃんと確認してるよね、ちゃんとシフト表読んでるよね。じゃぁ、なんで昨日と今日来なかったの。困るんだよ。昨日と今日は君、出勤だって、僕ちゃんとシフト表に書いておいたでしょう。君が来ないせいでいったいどれだけの人が迷惑したと思ってるの。僕なんかね、今日はもうご飯も食べずに働いたんだからね。ねぇ、そこの所分かってるの。君の無断欠勤が、どれだけ周りに迷惑かけたかってこと。
 電話のスピーカーから流れてきた声は、俺が先日クビになったバイト先の店長のものだった。彼は、味噌舐め星人と俺の安らぎの時間を、不快な童貞声を大音量で撒き散らしかき乱してくれた。この野郎、いったいぜんたい何のようだって言うのだろう。シフトだって、俺はつい先日クビになったじゃないか。クビになってもバイト先に出ろって言うのか、ふざけるんじゃない。
 あのですね、ちょっと言いにくいんですけれども。俺は、店長に、二日前に、俺クビになりましたよね、確か店長が言ったと思うんですけれど、と言おうとした。シャラップと、俺が喋るのを店長が止めた。おいおい、シャラップだって。そんな言葉、今時TINTINSくらいしか使わないよ。まったくこの店長って奴は、本当にくだらない奴だなと俺は思った。くだらない、童貞かっこつけ野郎だなと俺は呆れた。さらに呆れた事にこの店長は、今すぐ店に来て謝るなら許してやるとのたまった。何を謝るって言うんだ、人を勝手にクビにしておいて、謝るのならそっちが先だろう。謝るなら、クビにしないでやるだって、もうとっくにクビになってるだろう。ふざけるなよ。
 店長の頭の中では、俺をクビにした事が綺麗さっぱり抜け落ちているのか。それとも俺をクビにした事でコンビニが立ち行かなくなって、やっぱり戻ってきてもらおうという魂胆なのか。なんにせよ、店長の考えは俺には良く分からなかったし、分かりたくもなかった。俺は、お前がクビにしたんだろうがバーカと本当は言いたかったが、分かりましたすぐに行きますと答えた。