「真昼の強盗」

 その男は自動ドアを潜るなり包丁を突き出して私にこう言った。
「強盗だ、金を出せ」
 マスクにニット帽、黒いサングラス。だいたいサングラスなんて黒いのが当たり前なんだけれど、彼のは縁からレンズまで何から何まで真っ黒だったので、黒いサングラスと言い切ってしまって良いんじゃないか、と思う。
 そのサングラスがポロリと落ちた。つぶらな瞳がこちらをせいいっぱいに睨んでいた。人を睨んだ事も怨んだ事も無さそうな瞳が、怯えるようにこちらを睨んでいた。そんな瞳をしていたら、どっちが加害者で被害者なのか分からなくなる。
 元から彼に対してさほどの恐怖を感じていなかった私は、それでもう彼を自分より格下だと判断した。なので私は緩慢とした動作で、肉まんを挟むトングを蒸し器の横の引っ掛けに吊るした。
「で、いくら欲しいんですか。一万円、五万円、十万円。どうでも良いですけど、サングラス落ちましたよ」
「う、う、う、うるさいなぁ。言われなくても分かってるよそんな事」
 真昼の強盗は慌てて屈むとサングラスを探した。折れ曲がった彼の背中から、ちょっと病的な色をした肌と白いブリーフが見えた。
 どうやら学生か何からしい。金に困ったヤクザやごろつきなんてのではないらしい。ますます私の中で彼に対する恐怖が薄らいだ。逆に、なんでこんななまっちょろいもやし君がコンビニに押し入って強盗しなくちゃいけなくなったのだろうかと、彼に対する興味の方が沸いてきた。
 だいたい良く見ると彼の持っている包丁は穴あき包丁だった。穴あき包丁じゃ野菜は切れても、人はちょっと切れないね。もしかしたら切れるかも知れないけど、ちょっと切るには時間がかかりそうだね。
「なにぼーっとしてるんだよ。早く金を寄こせよ、でないと、こいつでぶすりといくぞ。俺は本気だぞ、俺は本気なんだぞ、分かってるのか、お前」
「分かってますよ。だからさっきから、いったい何円欲しいんですかって、聞いてるじゃないですか。で、何円欲しいんですか。それと、そうやって興奮して激しく動くとまたサングラスが落ちますよ。ほら、言ってるそばから」
 サングラスをかけて立ち上がって五秒と持たずに彼の鼻からサングラスが滑り落ちた。どうにも、マスクを一緒にかけているのが悪いらしい。プラスチック製の眼鏡フレームが、マスクのゴムに乗り上げて、滑って、それで、つるりとサングラスは落ちるらしい。
 はたして、それに彼は気づいているのかいないのか。おそらく気づいていないだろうなと、私は思った。彼はまた慌てて床に転がったサングラスを探していた。眼鏡眼鏡と探していた。どうやら彼のサングラスには度が入っているらしい。近眼でもやしでどじの強盗さん、なんて憐れなんだろう。
「おい、なに笑ってんだ。ふざけんじゃねえぞ、お前、ぶっころ……あっ」
 包丁を突き出した強盗の鼻先からサングラスがまた滑り落ちた。クスリと私が思わず笑い声を漏らすと、顔を真っ赤にして真昼の強盗は逃げて行った。