「味噌舐め星人の激震」


 分厚い布団を頭から被り、ぶるぶると震える味噌舐め星人。どうやら、味噌舐め星人の怖がりは相当なものであるらしい。もっとも今までの共同生活からそんな事は分かりきった事だったが。しかし、なにもここまで怖がる事も無いだろうと、お化けが出るにはまだ早い日中だというのに、布団にすっぽりと包まって饅頭になった味噌舐め星人を見て俺は思った。
 そんな怖がらなくても大丈夫だよ、まだお化けが出る時間じゃないから。俺は布団に包まった味噌舐め星人をそう言って揺すった。怖がりな味噌舐め星人はなかなか布団から出てくれなかったが、五分もすると流石に息苦しくなったのか、亀の様にひょっこりと布団から首を出した。本当ですか、幽霊は居ませんか、怖くはありませんか。味噌舐め星人は瞳を潤ませて俺に尋ねた。俺は夜寝付けない子供に母親がするように、いないよ、というかねお化けなんて迷信だから、そんなものはこの世に存在しないからと、味噌舐め星人に優しく声をかけた。それで味噌舐め星人はやっと安心したらしく、布団の中からもぞもぞと這い出るようにして抜け出して、またご飯を食べ始めた。
 そうだ、今日は俺は職探しに市役所のほうへ行って来るから、お前は家で大人しくお留守番してろよ。俺は唐突に思い出した風に味噌舐め星人に言った。けれどもそれは、昨日の夜頃からずっと考えていた計画だった。こんな狭いアパートで、尚且つ素性の知れない女の子を家に連れ込んでおいて、もはや立派に世間体も何も無いのだが、それでも職業が無職というの世間様によろしくない。こんなご時世だからそうとんとん拍子に職が見つかるとは思わないが、それでも職を探しているというアピールをしておくのは大切だ。というわけで、俺は今日は市役所に行って、求人票の詰められたファイルと睨めっこしようと考えていたのだ。もし条件の良いバイト先があれば紹介してもらうつもりだったのだ。けれどもまだあと一週間くらいは、味噌舐め星人と昼間からごろごろと部屋の中で過ごすのも良いかなぁとも考えていた。
 味噌舐め星人の持っていた箸が音を立てて落ちた。卓袱台の上に落ちた端は、落ちたときの余勢で卓の上を転がると、再びその縁から畳の上へと落ちた。いったいどうしたんだろうかと味噌舐め星人の顔を見ると、もうこれ以上かき回しようの無いほどに、歪めようの無いほどに、その顔はぐっちゃぐちゃに歪んでいた。目の端に溜まった涙が、球の様にこぼれる。鼻はすすり上げられ、だらしなく半開きになった口にはご飯粒のついた歯が覗ける。綺麗な顔が台無しだった。何が理由か分からないが本当に台無しだった。
 いやですいやです、一人にしないでください。お化けが来るかもしれません、一人じゃ怖いです。一緒に居てください、私と一緒に居てください。でないとお化けが来た時、私はどうしたらいいか分かりません。味噌舐め星人は俺の腕に縋りつき、力いっぱいに握り緊めそして引っ張って、俺に市役所に行くなと乞うた。だから昼間からお化けなんて出ないってと俺は味噌舐め星人にもう一度言ったのだが、味噌舐め星人は聞く耳持たず、その手を離してくれはしなかった。やれやれだ。俺は震える彼女の頭に手を置いた。そして、今日もまた一緒に街へ出て行くしかないなと腹を括った。