「塩吹きババアは世話をする 下」

 起きると湿った音が部屋の中に響いていた。それは水音だった、けれども糸を引くような水音だった。蛇口が緩んで水が垂れているのではない、粘っこく絡みつきそうな粘液のような汁が、ゆっくりと掻き混ぜられているようなそんな音だった。誰が、闇の中で、何を、何のために掻き混ぜているのか。
 暗闇が俺の部屋には満ちていた。まだ夜の半分も過ぎていない深夜の色をその闇はしていた。深夜の空と同じ色をしていた。小さな窓から差し込んだ薄ぼんやりとしている月明かりが、俺の体と、その上に跨って揺らめく白い何かを映し出していた。月明かりと同じ色をしたその何かは、どうやら人のようだ。しかし、それでいて人ではない何か異様な雰囲気を持っている。
 俺の体の上で月光と同じ色をして揺らめき波打っていたモノが、彼女の髪である事に気づいたとき、まだ眠りの中にあった俺の感覚が覚醒した。視覚が冴え渡り薄く切った大根の様に白い髪、髪越しに彼女の顔が透けて見えた。そして、それはまたその髪と同じ用に、透けて見える白さだった。けれども闇の中にその存在を誇示する、確かな白さだった。そして次に戻った触覚から、俺は体の一部が湿り気と熱を帯びて怒張している事に、そこに絡みつくざらざらとした肉の感触に気がついた。白紙の上に落とされた黒い墨と、それを囲む丸みを帯びた菱形の瞳が、俺をからかっているみたいに歪む。
「ふむ、起きたか。起すつもりはなかったのだがな、流石、若いだけはあるのう若者。興奮して目を醒ますとは、若い証拠だ、うむうむ」
 月明かりの中で塩吹きババアが俺の下半身をなめずっていた。なぜ彼女がそんな事をするのか、なぜ今彼女がこんな事をしているのか、何の説明も何の前ぶりもなかった。あまりに突然すぎて、俺は彼女に抗う事すら思いつけなかった。彼女の舌は、俺の愚息を丹念に舐めあげる。ざらざらとした、濡れた塩を撫でるような感触、快感かが俺の下腹部を襲った。或いは本当に彼女は塩を口に含んで行為に及んでいるのかもしれない。彼女はなんと言っても塩吹きババアである、そういう事をするのかもしれない、と、俺は思った。
 俺が絶頂を迎えてしまうのはとても早かった。もともと、味噌舐め星人との生活で溜まりに溜まった俺の中の澱は、少しでも刺激があればすぐに噴出しておかしくなかったのだ。けれどもその量は、かつて俺が自分を慰めて吐き出したどの結果よりも多いのは間違いない。それは彼女の頬を満たして尚止らず、彼女の口端から漏れ出る程だった。それが溜まっていた事を考えてもこの量は出ない、この量は出せない。塩吹きババアの持ち合わせている女性の凄絶さを、俺はまざまざと思い知らされた。
「ふむ。ごちそうさまじゃ。なに、何も心配することはないぞ。この様なことでは一回した事のうちにも入らん。まだまだ、若者は童貞じゃ、安心せい」
 俺はいつしか力を抜いて天井を見上げていた。出すと同時に強烈な眠気が俺を襲ってきたからだ。視界は再び狭まり意識は再び靄の中へと消え入る。
「なにちょっとしたサービすじゃよ。お前さん、溜まっていて昼間あんな事をしそうになったからの。若いんだから溜めすぎるのはいかんと申したであろう。私の言うとおりにせぬからだ。もしそこな異星人を襲っていたら……」